Wednesday, October 14, 2009

第八章 感じるものと把握するもの

 私たちは人生全体に対して「俺は人生における勝負で勝ったのだ」とか「他人からも負けなかったが、何よりも自分に勝ったのだ」とか過去のある体験に対してそう考える。そうする時私たちは人生全体を理性的に判断している。勝ちの充足も、負けの空虚も理性的な判断である。
 しかしそれは自分に対して過大な信用をすることを差し控えることでもある。例えばある他者に対して盲目の信用をすると、信用される者は自分を信用する者に悪(利用価値的策謀、策略)の発動への誘惑に苛まれる。理性とはこの人間の性悪を知った上でそれを出来得る限り発現させないようにと設けられた知恵である。しかし悪を発現させないままにしておくことは、端的に性悪(ここでは取り敢えず攻撃的エネルギーと欲求としておこう)を温存させておくための無意識の方策でもある。
 理性は無意識の情動に対する言語化(意味づけ)であり、秩序化に他ならない。これは前章で示した人生の作品化の基礎であり、そのために我々はその都度固有の物語を必要とし、それを生きようとする。それは各瞬間の本質的な無意味に対する恣意的な意味化に他ならない。これは後悔の回避、未来へと向けられたあらゆる意志決定の合理化であり、決心への構築である。しかし意味化は、端的に意味しやすいものと、意味し難いものを我々がどこかで直観的に区別することにも左右される。
 例えば一見私たちは論理を知性的なレヴェルからだけ捉えがちだが、本質的に論理とは音楽的なものだ。つまり説得すること、ある者の説得力に感じ入ることは性的なことでもある。それは時間体験がそもそもリビドー的なものであることからも明白である。
 それに対して空間提示は多少違う。勿論情動を刺激に対する反応として発動するという意味ではそれもまた性的なことだが(特に色彩的な体験などはそうだ)、視覚的に把握することは非性的なことである。我々が異性を前にして胸をときめかすということの内には、幾分聴覚的なこととか、音楽律動的な動きを視覚によって捉え得るところから発せられているのであって、それは視覚による同時把握という事態だけによってではない。
 つまり空間提示には、非論理的でありながら明確な非性的な理解ということがある(ロックの哲学が参考になる)。だから前章でも述べたが、生とは各瞬間の欲望の独立性ということで言えば、明らかに時間の連続性を否定するパワーがある。何故なら欲望の内容は、一定のレヴェルで充足されると直ちに次の内容へとシフトするからである。だから逆に欲望の推移を考える時初めてそこに時間の連続性を見出すのである。
 しかし欲望とは音楽的なことだから、非音楽的なこと、つまり美術、建築的な空間提示性格の把握においては、連続してあるという認識よりは、同一性の把握ということに意識が向かう。把握とは同一性に対してまず行われ、それを基礎として初めて異質性へと着目されると哲学では考える。しかし私が今問題にしているのは、そのようにこの二つがあたかも全く別個の切り離された作用の如く理解したがる私たちの性癖についてである。
 そうである。私たちはこのような二つに思考の上で分離出来る作用を常に同時的に探っているのだ。だからこそ感じるものと把握するものは、そういう風に常に二つに分離されてあるのではなく、寧ろ同じ一つの事態や対象に対して常に連動的になされている。(脳科学的には準備電位のように何らかの時間差はあるかも知れないが)しかし私たちは何故か言語の上ではこの二つ、つまり感じるものと把握するものを明確に分離し得るように思える。このことについて少し詳しく考えてみたい。

 真理・本質・実存は概して私たちの心情に対して優しくない。寧ろ積極的に冷淡、冷酷、残酷である。だから私たちは最初「客観的日常」という名の制度によって多く他者との共生を得るが、次第に独自の「主観的日常」を獲得するようになっていく。
 しかしそれもパターン化されると自己によって構築したパラダイムに逆に縛られることになるから、ただ「引用される意味」に転落する。我々は再び新たに「見出される意味」を求める。主観的日常が客観的日常に堕した途端に再び客観的日常に同化し直す自分を発見し、これではいけなと新たな主観的日常を求めだすのだ。私たちにとって制度は個が積極的に同化する仕来り、儀式、慣例などだ。ルティンもまた制度である。
 しかしその反復の中から自らの主観によってそのお定まりの日常に対して、自分なりの意味を見出す。それが新たに見出された主観的日常である。それは自分なりの客観的日常に対する遵守仕方、耐え方に他ならない。
 しかし同じ行為の反復においてもその意味づけ次第で全く違った人生の作品化を招来する。つまり 

客観的日常の受容①→主観的日常の獲得②→客観的日常に堕す主観的日常に対する反省③→客観的日常の受容に対する見直しと同化し直し④→新たな主観的日常の獲得⑤→③→④(以下同) 
 
この反復を絶えず行っている。⑤の新たな主観的日常の獲得もやがて一つの客観的日常の受容に堕すというわけだ。これが自己や自己対象を他者や他性を通して確立している私たちの像に他ならない。
 私たちは私たちの性悪を発現させることを抑制するような理性を出来る限り発動させないような状況に自ら身を置くように処したい。寧ろそのためにこそ主観的日常を絶えず更新するように、制度(客観的日常)に対する主体的自由(自らの意志と努力によって獲得したものとしての本質的な自由)を獲得し、そのことに対する責任も共に引き受けたい。原音楽行為が制度の受容と同化に対して見出される意味なら人生の作品化でのその都度の修正を意味する。

 原羞恥的レヴェルで価値があるように一瞬で発見される「見出される意味」は、私たちが全てを言語化している私たちの不可避的習性を再び言語的に認識すること、把握することが同時に固有の現象的生の在り方も把握し得るのだと我々に気づかせてくれる。
 しかし本来このように捉えることは、現象的生の在り方という身体的実存、つまり感じるものに対する固有の直観に端を発する。つまりこの固有の感じるものは、それを他者へ伝える時「私に固有に感じられることは、あなたにもあるのか?」と質問し応答を待ち、同感だと報告されるかも知れないという目測の下で我々は身構える。そしてもし同感された時初めてその他者から共感を得ることが出来、自分の固有の感じが一般性を得る契機となる。
 故に感じるものは把握するものによって明確化し、把握するものも感じるものの把握し難さによって明確化する。
 真理・本質・実存はどれも残酷であり、冷淡、冷酷であることは、私たちにとって死がどの個人にも避けらないことと共に、この感じるものを犠牲にして生活している制度(客観的日常)に対する降伏の現実に存している。つまりそれは私たちが相互の私に対する相互の理解し合えなさによってのみ相互理解している不条理を意味する。つまりその理解し合えなさの相互了解において私たちは実は感じるものと把握するものを、自己において明確に分離し得ないにもかかわらず、自‐他ということにおいて感じるものは伝え得ないし、それが私にとってのそれと他者にとってのそれが同質であるかどうかも確認し得ない(例えば痛み、クオリアその他)ものの、その伝え得なさは理解し合える、そのことを把握することが出来るから、把握するもののみは他者と共有し合えるということで折り合いをつけている。またそのことに対する既知によって私たちはその二つを分離し理解していることも了解し合っている。

Monday, October 12, 2009

第七章 旅・祭り・仏像

 私はかなり以前から、仏像を何故人間は作り続けてきたのか不思議に思ってきた。そしてそれは今でも変わりない。だから2008年の秋の京都旅行は、契機は、哲学者、永井均氏の講演を聴くためだったが、それにかこつけて仏像を見て回ろうと思ったのだ。その旅行は色々な意味で収穫があったと思う。
 旅は人生に似ている。どういう行程でどういう場所を訪ねるかの選択は、人それぞれの個性が滲み出るし、敢えて人が大勢いかない場所を選ぶこともまた人生の選択を彷彿させる。だから当然、同じ区域、同じ祭りを見るにしても、私たちはどういうものを中心に見るか、どういう角度から見るかによって、旅、そして祭りの参加の仕方、楽しみ方も変わってくる。
 人はなぜ旅をするのかと問うことは、人は何故祭りをするのか問い、人は何故仏像を作り続けてきたのかと問うのと同様、生きるとは一体どういうことかと問うのと等しい。そう問い続けることが無謀と直観しつついつまでも問い続けることが止められないものだ。
 人がある方向へ流れていくと、私もついそちらへと押し流されることもあるが、時としてそれに逆らい一人別行動を取ることも私が大勢の人々が訪れる場所での旅や日祭日に取る私の行動パターンである。だから盆、暮、正月はそういう意識で臨む。
 何故そういう風に全ての人が特別の時間を過ごすかというと、人間が皆ハレとケの違いを知っているからだろう。つまり非日常として日常の中に何かを取り込むこと自体に内在する人生そのものへの批評性こそが私たちに旅をさせ、祭りをさせ、仏像を作らせる。
 そういう意味で私の去年行った三万円以内で済ませた三泊二日の京都旅行も、六千五百円以内で済ませた師走初頭の城峯公園近辺から、秩父夜祭りの日帰り旅行は実りの大きなものだった。そしてその際に何故人はあれほど多くの仏像を作り、何故あれほど祭りに熱狂するのかという以前からの私の興味を更に掻き立てた。本質的に、私たちは日常の中に潜む私たちの先験的に持っている非日常的な意識、例えば死への恐怖が逆に私たちをいつまでも同じ行為や同じ場所に私たちをとどめておくことをさせないようにして、一回安定を崩すことで、再び自らの立ち位置に関して認識を改めさせてくれるのではないだろうか?だからこそ祭りの熱狂は破壊へと誘うような心理に似ているのではないだろうか?つまり死に対する恐怖を死に対する愉悦に転換することで克服するということが祭りの熱狂の心理にはある。
 それに私たちは問う必要がないくらいに問うことが野暮な真理こそ最も魅力的だということもどこかで心得ている。節制とは、欲望にとって最もおぞましい。だから問うことを節制しないことがそのまま宗教や思想や哲学の歴史となっていると言ってもいい。
 つまり自己破壊的な欲求自体は、仏教的には煩悩であるが、それが常に私たちのどこかに渦巻いていることを知っているからこそ私たちが旅をしたり祭りに熱狂したりすることを通してその欲求を鎮静化しているのかも知れない。つまり旅や祭りとは、日常性への一時的な破壊欲求だが、それは永遠には続かない。死の瞬間まで途切れることなく続くのは私たちの心の旅だけだ。心の旅は一箇所に留まって生活する人間も絶えず行う。しかし私たちはたまに心の中で延々と続く旅を中断し実際の旅に赴こうと思うのも、やはり心の旅は時として危険な想念も生むとを私たちが知っているからだ。
 だから芸術作品を祖先たちが今までずっと作り続けてきたことも実は何もしないで心の旅ばかりをすることの危険性を祖先たちはよく心得ていたからである。仏像を作ることは、その中でも超度級に生の欲求的本質、欲望の正体を知り尽くした人間の行いである。
 つまり心の中だけの旅が時として私たちにこのままではいけないと教えてくれる。要するに反省意識から出た妄想の鎮静化に対するもう一つの心の欲求が私たちに旅をさせ祭りに熱狂させる。しかしそういう風にもう一つの心の欲求が叫ぶのはそれだけだろうか?
 私たち人間は各個人にとって必ず到来する死に対する恐怖がある。この理不尽な現実に対して抱く懊悩を解消するために仏像を作る行為には祈りとしての解消の意図がある。死や理不尽さに対して心を掻き乱されることへの鎮静化こそが仏像が私たちの祖先たちが延々と作り続けてきたことの第一の理由である。
 実は芭蕉の旅にもそのことは当て嵌まる。つまり私たちはどこか訪れた土地土地の風情や印象、あるいはその土地に残る伝統的な所作や風習をこの脳裏に焼きつけておきたいと願う。だから年に一回ある季節に巡ってくる祭りには、各個人にとってやがて到来する死(死とはどんなに長く生きて来た者にとってもその瞬間には人生とはいかに短いものであるかと実感させるものなのだろう)を集団で熱狂することを通じて、あるいは集団で何かをすることに陶酔することを通して一時的に反故にすることを無意識の目的としたものだったのだろう。その意味ではユングの集合無意識という考え方は現代でも有効である。
 つまり個人の死の恐怖に対する克服を知らずに生活すると必ず刹那的な衝動を生む。自殺もその一つだし、殺人もその一つである。そして賢明な人間はそのことを心が平静な時にも、いやそういう時こそ心得ている。つまり個人に内在する死への恐怖を紛らわすために我々が時として行う特殊意志を拡張することに熱中する無秩序に対する抑止と防止意図がどこかで祭りの集団的陶酔と熱狂へと結びついている。だからこそ年に一回の大きな祭りの際には多少の羽目を外すことが大目に見られるのだ。そしてそのような気持ちの小さな表れは私たちが仕事を終えて誰かと酒を飲むこと、あるいは一人で酒を飲むことにも自然と出ている。
 私はこう書いたことがある。
 
 例えば社会とは人間の虚構である。あるいは生活とは人間の虚構である。思考とは脳内の虚構である。(しかしそれらは実在する現実としての虚構である)自然全体が現実であるとしたら、人間はそういう虚構を自然に対して、自然に対する抵抗として捏造せずには生きていられない。聖書は端的に自然に拮抗する人間の創意工夫としての虚構である。

 このことを述べた背景は、私自身がそろそろ五十の坂を上る段になって、何か人生そのものも一つの大きな作品であるという意識が芽生え始めてきたからである。つまり私はこう言いたいのだ。人間はどんなに成功しようが、挫折しようが、幸福であれ不幸であれ、どの道人生そのものを作品のように、あるいは自分の歩んできた人生を物語として理解する形でしか生には接し得ないということを実感してきたのである。
 これを取り敢えず「人生の作品化」と呼ぶことにしよう。
 私はある人が開くある学問の塾に属していたが、一年少し前にそこを離脱した。その塾では東大出身の23歳で弁護士資格を三浪して取ったエリートの32歳の青年もいたが、彼のような青年でも生涯弁護士をし続けるか未だ決めあぐねているということだったが、私がその塾を辞めてから知り合ったある18歳の青年は、俊英で短歌を詠み、小説を書き、評論も書くのだが、彼が私の波乱万丈の人生について書いた記述を見て、人生そのものは作品のようだったが、作品は一つも作らなかったということだけはあっては欲しくないというような意見を私に示してくれた。が、私は敢えて人生そのものをいい作品にすることが一切出来ない人間は本当にいい作品を世に残すことが出来るだろうかと最近思うのである。
 これは何故人間が仏像を作り続けてきたかという問いとも関係する。つまり祭りなどに一切参加しない人間が真に人間の実像に迫った哲学を得ることが出来るかという問いとこれは似ている。どんなに成功している人間でも悩みはあるし、必ずしも幸福感情に包まれているとは言えないように、どんなに破天荒であれ、あるいはどんなに傍目からは平凡に見える人生でも本人にとって充実していて、必死に何かに取り組み、あるいは何か堅い意志を貫いてきているのなら、それは立派な人生という作品を生きていると言えよう。
 勿論人生には挫折や夢が脆くも崩れ去ること、負け犬になること、後悔によっても満たされている。しかしそれでもそういった一連の生全体の流れを私たちはどこかで覚めた目で客観的に「物語にいる自分」という認識を持つことだろう。つまり私たちはそうすることで人生の作品化を施しつつ、それを糧に期待が持てないなりに、大いなる願望を持つことが出来ないなりに実は将来とか未来に対して生きていく意志を保持し、人生に対する思想としている。祭りの熱狂によって仮のフラストレーションに対する解消をし、旅によって擬似引越しをし、そういう虚構を敢えて日常に挿入することで、節目を作り、人生を作品化しつつ、時間の流れの如何ともし難い無常な虚無感や理不尽さをその都度克服している。旅をして再び自宅に戻る時私たちは旅で得た非日常性を現実の日常へとエキスとして取り込もうとするし、祭りの熱狂と陶酔を自ら参加し生きることで、再び宴の後の空しさの中で反復されていく日常の意味を噛み締める。それだけで一つの思考における仏像制作である。人は何らかの意味において人生に対する職人である。それは人生の作品化というプロセスを通して何故人が仏像を作り続けてきたかという問いを問う場を改めて自分の中で発見することなのだ。

Saturday, October 10, 2009

第六章 羞恥と想起①

 脳科学は記憶することと、記憶されたものを想起することが同じ記憶に関することではあるが異なった作用だと考えているらしい。
 元々思い出すことは、何かを覚えておくこととは違う。何故ならいつも覚えていることと、ある時ふと何かの拍子に思い出すことはその内容にも差異があるように思われるからだ。
 しかし常に忘れずに心に留めておくことの内には基本的な知識とか、身体的な手続き記憶とか、人生に対する思想もそうだろう。しかしこの最後の人生に対する思想とは、ともすれば極めてある人間の行動や決心に多大な足枷になる場合もある。つまり自らが設定した意味に呪縛されるのだ。価値規範的な強制力として内的に立ちはだかる。外的には法律などもそれらの内に入る。フロイト的に超自我というと、私たちは外的にそうあらねばならないもののために内的な欲求を抑えることである。
 記憶は記憶違いとの戦いでもある。絶対正しいと信じ込んでいることの内にも記憶違いは必ず紛れ込んでいる。しかも自分自身で内的規制をかけて、ある気恥ずかしい思いを対外的な応答の際経験したくはないから、我々は羞恥を催す想像をすることを意識レヴェルでは規制する。しかし夢ではそういう規制はとっ外されるからインモラルな内容のものを我々は何の前触れもなく見る。
 しかし我々は夢がインモラルであると感じられるからこそ覚醒時の意識を他性認識においては「構え」を通常のものとしようという気になる。つまり他性認識を私が考えるように原羞恥と捉えれば、必然的にある他者に対して防衛解除することは、その他者に対してその解除された面に関して信用していることを意味し、逆に防衛非解除であることは、その面に関して偽装している、「構え」を一切取り崩さないでいることを意味する。つまりある面に関して決して真意を述べない、示さないことがある。ことにこれは自分とは異なった倫理とか政治信条のグループ内部にたまたま紛れ込んでしまった状況下で周囲の人間に適当に自分の信条を合わせて急場を凌ぐことで十分あり得る。しかしどんなに信頼する他者に対しても、我々は羞恥を介在させそれを保持する。
 他者を信用するに足るかどうか判断停止状態であり、保留状態な場合我々はその者に対してある面において真意を知られたくはないという気持ちになり、それを私は瞬時に直覚される原羞恥が原音楽に命令して体裁を整えていると考える。「構え」るように無意識になる。しかも他者に対する査定で、このことに関してこの他者にはあのことだけは他の他者とは違って伝えたくない、悟られたくないという峻別を瞬時にする。あることをある者に伝えることはどうということもないのに、別のある者に伝えるのはどうしても躊躇することはあるし、一瞬で特定の他者に対して持つ先入見もあるが、それは徐々に変更されることもある。普通十分くらい話していれば次第にその他者に対する自分が採るべき「構え」の質は決定される。
 恐らくこういったことは剣士だった武蔵は極めてデリケートだっただろう。ちょっとした相手の所作を見て、相手の剣士はどういう癖がありどういうことに鋭いかを一瞬で見破ったのだろう。
 要するに他者の性格に応じたその都度採るべき「構え」及び態度に対する判断が、原音楽に根差した判断だと私は思う。その判断を指令するものが原羞恥なのだ。するとある事柄、つまり他者にそう容易に悟られたくはない部分に対して琴線に触れる想起を催さしめる他者は、原羞恥という琴線に触れる要注意人物になる。つまり特定の他者を話題にする会話を耳にしただけで一瞬凍てついた感じになるくらいに固有で頑なな「構え」を躊躇なく身体が採る場合私たちはその者に対していっそ出来る限り自分の前には出現して欲しくはないという気持ちに自然になって、その者への拒否反応が極度に自分がその者の面前では粗相をすまいと心がけるように緊張を強いる。これは羞恥的な意味で極度に硬化させるに足る想起、つまりその者から連想する性質が原羞恥レヴェルでの「構え」を誘発することだ。その者の前では決してぼろを出すまい、つまりぼろを出すと通常の者に対しての時と違って恥をかくということを想定し得る。冗談が通じない相手とは主にこういうタイプの成員のことを言うが、冗談の質もまた個人的に親密なネットワーク毎に異なっており、地域差もあるし、自分にとって慣れが大きく作用している。
 私は集団内で言語行為とか、身体的所作において他者の視線を意識することを含めた「合わせる」ことを原音楽と呼ぶ。それをベースに考えると、固有の緊張感や警戒心を持たせる他者は端的に原音楽的にそう容易に言辞、態度、性格的波長を合わせることが困難だと判断しているから、当然その者は原羞恥に触れる危険性があると踏んでいる。しかしそれは逆に私の原羞恥領域にさえその者が踏み込まずにいてくれるなら、何ら私の生活に支障がないという意味では、その危険性さえ思い過ごしなのなら何ら疑うことなどなかったのにある時予想外に裏切られた他者のような存在に比べれば然程人生上で重大な存在ではないということだ。そういう意味では予想外に裏切られるとか、予想外に相手が激怒するようなタイプの他者から受ける経験が最も自分の中の判断学習と習慣において始末の悪いものなのは確かだ。そして原羞恥的な最も私秘的領域において警戒する本能的なことの中で社会的通常の判断さえある局面では通用しないタイプに対して我々は、原音楽、つまり社会通念的相互了解、相互同化協調姿勢において、最も我々は苦慮する。
 哲学者コンディヤックはそういう意味では徹底して原音楽的なバイオリズムを透徹した眼差しで追求した。彼のパントマイムに対する執拗な追求は、原羞恥的な他性認識を言語と意思表示に置換することにおける無意識の作法としてマイムが最も有効な言語外による言語的表現であることに着目する。しかしその言語的表現が成立することの裏には、言語外的な表現も可能だという想念が人間にあるということだ。その言語外的な表現の一つが明らかに羞恥である。それは私的言語とウィトゲンシュタインが呼んだものの基本的な心的動因だろう(このことはまた詳述する)。

 原音楽的な行動を支える最も基本的な人間にとっての観念は責任である。責任はある行為に対して課せられるので、本質的に責任を果たしたか否かは、行為が始まる時点より未来において判断され
る。これは責任能力の査定自体が人間の記憶能力に対する信頼に根差すことの証拠だ。つまり責任を問うこと自体が本来その者に対して自由であり、自立し独立した社会的存在である承認と認可を与えることであり、無能力者に対する介護とは本質的に異なる。このことから法的に責任放棄によって罰するとは、罰せられる者の法的権利並びにそれによって派生する義務を認可することだから必然的にその者に責任を承認することだ。
 しかしこのことは法的にその責任を問われ得ない、責任査定外の領域にまで拡張される。そこに良識とか見識とか通念と呼ばれる査定が人間学的に導入される。この責任‐自由の法的査定外的良識という極めてファジーな拡張原理が法規定外の場面で遂行しないことに対する良心の呵責こそが羞恥感情に他ならない(簡単に言えばした方がいいことでもしなければいけないことではないからといって、しないと悔やむということだ)。 
 つまり羞恥とは正規なる社会的規約で正否が問われ得ない良識的判断に委ねられている日常的場面で問われ得る個人的内面の良心に根差しているが故にカントのモラル論とも大いに関係がある(完全義務と不完全義務)。カントの定言命法はこのような社会的規約自体が人間理性の前では極めてその時々の状況に即した相対的な判断でしかないということに対する指南でもある。そのような良心の叫びに耳を澄ますことが、羞恥を想定することを自然なものにする。
 羞恥とは責任と折り合いが悪い場合も多い。羞恥の払拭が責任を遂行することを容易にし、その持続が権力を有効にする。権力と責任とは相性がいい。そして正しいことと、優しいことが乖離している場合、自らの良心と羞恥の責任への抵抗が夢に出てくる様々な内容を決定するのかも知れない。逆に覚醒時に想起するものは、良心と羞恥による責任や理性外の突発的表象であることも多いだろう。
 例えば夫婦の間で、あるいは親子の間で、あるいは親友同士の間で何らかの思い出深い会話の際に書き残したメモとかイラスト風落書きがあったとしよう。そのメモやイラスト風落書きはその当事者同士にとっては極めてそれを再び目にすると微笑ましいものでも、それらは通常その当事者以外の者にとっては何の価値もないばかりは、時には極めて不愉快なものの場合さえあるだろう。これはプライヴェートな時間における親しい者同士の会話が公的に許され得る範囲内の悪も含むことを意味する。しかしそれらは要するに私的だからこそ何であっても許され得るのが公的には全く違う。つまりそういった私的な会話内容こそがウィトゲンシュタインが考えた私的言語の基本的な根拠だ。その仕方で、それを理解し得るのが自分一人の場合を通して彼は、それを見た時微笑ましいのがそれを書いた本人だけであるということを通して考えたのだろう。それはそれが公的なものとして公表された場合羞恥を呼び起こすことが最も大きいものだろう。だからこそ本人にとっては懐かしい感情をその走り書きとか落書きに対して抱く。それは個人的であり私的な思い出が、概して格好悪いこと、他者にそのまま告げることを臆すような気恥ずかしいものであることも多いことと関係がある。つまり思い出とは、どこかほろ苦く、どこか後悔の念にも彩られている。しかしそれは決定的な誤りでもないものだからこそ思い出す価値があると私たちは考える。決定的なミスに当初思われていても、今現在いる自分の地点から見て将来が絶望的である場合以外は、つまり未来に希望がある内は、微笑ましいミスとしてやり過ごす可能性を秘めているからである。

Thursday, October 8, 2009

第五章 私は今ここにいる‐同一性を保証するものを求める‐個々の欲望の独立性‐時間の連続性

 私は昨日の今頃と今とでは全く違う気分でいる。そしてその時考えたことと今考えていることも全く違うし、次に何がしたいかも違う。にもかかわらず私は昨日の今頃と、今とでは同じ私だと信じている。しかしそう私に思わせるものとは一体何なのだろう?
 考えられるのは、まず私は昨日考えていたことを過去のこととして認識し、且つそれを今考えていることとの間で時間的な連続性を認めているからこそ昨日と今の私とを同じであるとする確信を作り上げているということだ。私という人間の同一性は昨日の私と今の私とでは欲望の状態(在り方)が全く異なっているのにもかかわらず、ある欲望(例えば昨日の欲望)が、昨日から今日へと続く時間におけるある時点で何らかの形で充足し、次の新たな欲望を作り出してきたことを私が記憶している(正確な形ではないにしても)からこそ、その連続した時間において私が昨日の私と今の私を同一だと保証しているのだ。つまり時間の連続性を信じることが、私が昨日の私と今日の私を同一であると保証する。そしてその時間がずっと連続している、持続していることを私たちは信じている。世界に永遠という概念が成立するのも皆この信念からである。
 同一性、個々の欲望の独立性、時間の連続性ということを哲学の三大要素だと仮にしておくと、時間の連続性を認めること、即ち過去の個々の出来事に順序を認識することがその時々の異なった心の状態を同一の身体に宿るその都度の異なった欲望(の相関)という風に我々は理解する。つまりそれらが充足され、新たな欠如を見出し、再び充足へ向けて発進された経緯そのものを我々が何らかの形で記憶しているからこそ、私たちはその経緯を体験する体験者として私の同一性としている。だから逆に今こそが全てだと捉えるなら、必然的に「その今」はやがて過去になるから、私という同一性は一時たりとも保証されなくなる。また今の欲望だけを私の同一性の柱にするのなら、その欲望が解消され別の新たな欲望が出現した時既に私は私ではなくなっていることになる。にもかかわらず私は常に<今ここにいる>いう感じをいつまでたっても払い除けることが出来ない。この払い除けられなさ自体もベルグソンはやはり純粋持続と呼んだのではないだろうか?
 しかしよく考えると心の状態の一つである今何かしたいという欲求は一つだけではなく幾つも同時にあり、共存してある場合もあれば独立してある場合(例えば便意を催した時はそれだけが優先される)もある。そして本質的には個々のものは個別に説明し得る。つまり個々の欲求が複合化され幾重にも折り重なっていること自体を総括して欲望と私たちは呼ぶ。そしてその時々の欲望の内容は異なっていても、恐らくそのように複合的な欲求の重層性とか、共存、個々独立に並存していること自体は常に変わりない。その変わりなさ自体、つまり<私たちは常に欲望を持つ=どの今も固有の欲望に満たされている>ということを通して私たちは<今ここにいる>と思う。と言うことは、私たちは常に変わりゆく欲望を携えていることで私の同一性を<今ここにいる>としながら捉えていることになる。私はどこにいても<今ここにいる>を通してその時々の欲望を生きる。
 ある出来事に対する記憶はその出来事を記憶している者の数が増えれば増えるほど内容の一致が困難になる。過去事実に対する相互の記憶違いがあるからだ。それは相互に不安を掻き立てる。つまり記憶の曖昧性に我々全員が直面する。一人一人が不安に直面しているわけだし、この不安を他の成員も持つのではないかとも思う。
 その時我々はこの記憶内容間に横たわるぶれを何らかの形で解消したいと望む。つまり記憶の曖昧性に対する不安を解消したいと望むのだ。だからこそ私たちは法を作り、出来事を記録し、文字を書き、作品を残し、その都度何かを表現する。あるいは祭りをし、酒宴を設け何かを(それは何であるかは定かでなくても)忘れようとして、気持ちをリセットし、苦悩を鎮静化するために音楽を聴き、再び論理を相互に戦わす。会議をして、ニュースを見る。
 それら全ては記憶の曖昧性に起因する固定化への欲求に他ならない。つまり固定化とは相互に記憶違いが横たわるが故に不安になると同時に自己に対する同一性が確固としていない不安もが、全ての確固とした同一性に対する希求となって、法化、作品化、記録化等の形をとる。それらは本質的には記憶の曖昧性に纏わる不安の解消と除去を志向する。法化、作品化、記録化は、価値規定する側面が拭い難くある。そうして意味による呪縛を作り出している。
 また我々はよく覚えていることは当然のこととして、よく覚えていないこと、あるいは記憶から徐々に薄れてゆくものに対して愛おしさを感じ、郷愁を感じ、そうではないこと以上に何か特別の価値を与える心的傾向もある。つまり失われた記憶の美化だ。失われた記憶の美化は価値に転化され、やがて過去を麗しいものとして設定し、現在において新たな欠如を作り出す。つまりある全体とはそれが獲得され得ると途端にそれ以外のものをも含めた全体の中の一部になり、新たな全体を私たちは志向する。この果てしないオデュッセイは、価値規定された意味の呪縛の世界を破壊する欲求を齎す。
 法化、作品化、記録化は価値的一元化への道である。想起しようとする際の記憶内容の曖昧性に対する不安と他者と同じ出来事を想起する時に起きる相互のぶれの解消こそが固定化された不動点の希求となり法化、作品化、記録化が行われる。
 私たちは私たち自身を常に不完全なものとして認識している。だからこそ常に何かに関与する。ものに対して、他者に対して関与していることが既に我々一個の存在が不完全なことの何よりの証拠だ。そしてその不完全性に対する認識こそが相互に責任を与え合う。それは責任の名において同一性を相互に認め合うことになる。
 私たちが何かに必ず関与することは例えば道を歩いている時に、その情景、光景といった全てから何かを得ることでも証明される。
 私はある散歩中にある光景に出くわす。若い母親が幼い子供を連れて歩いている。子供がぐずるとそれをきつく嗜める母親の態度から仮に私が幼少の頃にあった記憶を蘇らせているとしよう。すると今度は幼少の頃見た桜の木に対する記憶を呼び起こし、桜と言えば近所の公園は春先には桜が綺麗である、そうだ今日はいつもの散歩コースではなく公園の方を通って山の方へ行ってみようと思う。
 想起とは衝動的なものである。脳科学で言うセレンディピティーもこの想起の突発性に根差しているのではないだろうか?
 想起だけは努力して思い出せないことでも、例えばある時向こうから勝手にやってくる。全く違う状況下で我々はそれまで必死に思い出そうとして思い出せなかったことをふと思い出す。それは想起自体が極めて不随意的なことだからだ。つまり想起とは意志や努力や計画性ですることだけでない。と言うことは時間の連続性とその体験と目撃によって同一性を保証している私たちが実は各瞬間には全く別個の独立した欲望の状態でいることと想起は関係している。つまり日頃の努力、意志等が想起に大局的に影響を与える面も勿論あるが、突発的で偶然的な要素も想起には潜んでいる。つまり想起とは同一性を保証するものを我々が求める際に人間の性格的傾向性や意志決定の合理化の傾向性とかによってではなく、つまり予め求められる一貫性によってではなく記憶の曖昧さ、その時々の都合のいいように記憶内容を変容したりする脳活動と密接であり、人間の判断の不確かさとか、気休め的な判断のいい加減さと密接である。 理性論的判断によるものだけではない。それは不随意的に我々の身体が環境に関与し自然の一部に溶け込んでいることに根差す。
 私たちは現在知覚に支配されているようでいて、同時に記憶のオデュッセイをしている。それを我々は俗に魂の彷徨とか魂の放浪と呼ぶが、端的に現在の知覚によって想起を促されると同時に、過去の亡霊に常に悩まされる。だからある種の創造的閃きは往々にして過去想起がヒントとなる場合も多いだろう。
 だから私たちは人格的一貫性とか統一性に深くかかわる同一性に対する保証という局面からでなく、寧ろ各瞬間における欲望の独立性から想起を、あるいはそれを可能にする記憶を考える必要がある。それは私たちが記憶のオデュッセイを常にしていることとその当の記憶の極めて曖昧である性格によってでもある。次章ではその記憶の曖昧性によるオデュッセイに肉薄して行こう。

Tuesday, October 6, 2009

第四章 不合理的な理由である生きるということ

 哲学的にはしかし生きるということほど不合理的なものはない。どんな生命も生まれてくるが、いつかは死ぬからだ。だから私たちを含めて全ての生命は死ぬために生まれてくると言っていい。死ぬからこそ子孫を残したいとか、自分の考えを残したいと私たちは願う。そのことに関しては宮本武蔵のような剣客も、ヘーゲルのような哲学者も同じではなかったか?
 前章で述べた「意味」を私たちが求めるのも、この生の不合理的な運命に対してである。もし死ぬことがないのなら、私たちに哲学も宗教も思想も必要ないかも知れない。個々の個体は死滅するが、種としては存続するということが私たちに与えられた唯一の救いだが、その種もいつかは絶滅するし、地球も宇宙もいつかは無くなるだろう。だから存在というレヴェルにまで拡張しても、尚この不合理的現実は変わらない。
 心理学的には不幸なことを遠い将来に追い遣り、幸福なことを身近な将来に引き寄せて考えるということが脳にとっては自然な傾向らしいから、私たちは自分だけは何とか生き延びられるのではないかとさえ考える(全能感)。ある意味では生きるということは、非哲学的に暢気に構えていて、それで気にならないのなら、それが一番いいのかも知れない。
 前章の②のようなトライアル的な決意や勇気はだから、そういう暢気でいることに対して、時折哲学的に物事を考えずにはいられなくなる時に浮上する考えだ。どうせいつか死ぬのなら、いっそ思い
切った行動に踏み込むことを試みてみようということだからだ。
 人間が将来のことよりも、どちらかと言うと過去のことを考えることが多いのは、人間がいつか自分も死ぬことを知っており、死を考えるくらいなら、生きてきた事実に向き合い、生きてよかったと思いたいからだというのはハイデッガー的な見解だが、マーク・トゥエインはドーキンスに拠ると(「神は妄想である」中520ページより)「死の恐怖の追い払い方はまた別である。「私は死を恐れない。私は生まれるまでの、何十億年ものあいだ死んでいたのであり、そのことから、ほんのわずかな不自由さえ感じたことはない」。この発想は、私たちが避けることのできない死という事実について何も変えていない。しかし、この不可避性について、私は別の見方を提供されたのであり、だからこそそこに慰めを見出すかもしれないのだ。トマス・ジェファーソンもまた死を恐れていなかったが、彼はいかなる種類の死後の世界も生命も信じていなかったように思われる。クリストファー・ヒッチンスの記述によれば、「死が近づいてくるにつれて、ジェファーソンは、友人たちに向けて繰りかえし、希望も恐れももつことなく迫り来る死と対峙していると書き送った。それはまるで、もっともまぎれもないような言葉で、自分がキリスト教徒ではないと言おうとしているかのようだった。」と述べている。そして別の箇所で彼は、キリスト教徒が安楽死を人間に適用することを拒むことを、「素朴に考えれば、私たちのなかに安楽死や自殺幇助に反対する者がいるとすればそれは、死を移行としてではなく終末として見る人間だろう。なのに、それを支持する側にいるのは私たちなのである。」(私たちというのは無神論者のことである)(同書、525ページより)と言って、結局安楽死を否定するキリスト教信者たち彼らも信仰という名に縋りつきながら、本当のところは死をただ恐ろしい救われないものとして捉え、天国に行けるから恐れないと言いながら、死の恐怖に対する克服を完全にはなし得ていないことを皮肉交じりに主張している。
 要するに私たちは死ぬことを分かっているから悔いなく生活したいと望む一方、どうしたって思い切った行動と言っても制約があることを知っている。つまり思い切った行動も仮に私たちが試みたところで、かなり限られている。空を飛びたいと思っても、鳥のすることだし、私たちには願望でしかない。イルカのように自由に泳ぐことさえ出来ない。しかし人間が理解し得る限りで私たちはそれを動詞として言語行為において活用してきた。つまり自分に出来ることと、出来ないことの両方を動詞として語彙化してきたのだ。
 あらゆる行為、しかしそれは完全に人間になし得る範囲か、なし得なくても理解し得る範囲のどちらかしかない。語彙使用を巡る選択肢としてそれらは存在する。そして全て一つ一つ別個の語彙による表現として成立するが、言語活動の範囲内で一つ一つの文章が成立するだけでなく行為選択する時時私たちは自ら採るべき行為を言語的にも認識していて、それ以外の行為は成立し得ない。つまり後で「あの時はこれこれこういう気持ちでいたので、あれこれのことをした」と他者に説明し得るということだ。殆ど無意識に採った行動でさえ、後から説明することが出来る。
 しかしこのように自分で出来る行為表現を説明する動詞を知っていて、自分では出来ないことを表現する動詞を含めても、私たちは依然かなり限定された世界で表現しているに過ぎない。空を飛ぶ鳥を見て彼らが飛んでいると理解しても、それは彼らの身になって飛ぶことを理解しているのではない。ユクスキュルたちによる環世界で言うなら、あるいははドーキンスの表現を借りれば、「私たちの生存にかかわる物体は極端に小さいことも、極端に大きいこともない。そこでは事物はじっと立っているか、光速に比べればゆっくりした速度で動いているかである。そしてそこでは非常にありえなさそうなことは、起こりえないこととして処理しても問題はない。私たちの精神的ブルカ(イスラム教国において女性が顔ほんの一部だけを露出して後は身体全部を隠している衣装のことを、ごく限られた視界からしか全てを見渡せないその状態を私たちの現実把握のための比喩として使用している。著者注)の窓が狭いのは、私たちの祖先が生き残るのを助ける上で、それをひろげる必要がなかったからなのである。」(540ページより)と述べているし、また別の箇所で述べている「私たちの想像力は、祖先が慣れ親しんでいた狭い中間領域の外にある距離に対処するには、わびしいほど備えを欠いている。私たちは電子を、陽子および中性子を表す大きな球の塊のまわりを旋回するちっぽけな球として思い描こうとする。これは実際の様相とはまるで違っている。電子は小さな球に似たものではない。それは私たち認識するいかなるものとも似ていない。」(534ページより)と言い、更に「20世紀の科学的達成の深遠な頂点である量子力学は、現実世界についての予測において輝かしい成功を収めた。リチャード・ファインマンはその正確さを、北アメリカ大陸の幅ほどのある距離を、髪の毛一本までの精度で予測することにたとえている。予測におけるこの成功は、量子論がある意味で真理になったことを意味するように思われる。つまり、きわめて現実的で常識的な事実までを含めて私たちの知っているあらゆることに対して真理であるかのように。しかし、そうした予測をひきだすために量子力学が要求する仮定は、あまりにも不思議なものであるため、偉大なファインマン自身でさえも、こう言わざるをえなかった(この引用はさまざまなヴァージョンがあるが、次のものがもっとも近いと思われる)。「もしあなたが量子力学を理解したと思っているなら・・・・・・・・・・・・あなたは量子論を理解していないのだ」。(536ページより)とまで言っている。これは不可知論だし、犬をカニス・ファミリアスとか、猫をフェリス・カトゥスと学名的に呼ぶ自然科学者たちでさえ、それは彼らが敢えて犬をイヌと猫をネコと我々をホモ・サピエンス(ヒト)として取り扱う科学者的な立場に同化しているからであり、彼らでさえ、研究所からその日一日の仕事を終えて、帰宅して出迎えた妻子やペットたちに対しては、そのような学名的認識を喜んで忘れて、ただの通常の庶民に戻る。つまり犬や猫や人というごく限られた範囲内での判断に明け暮れている。つまり理解とは極めて限定された範囲内から、もう一つの限定された範囲内へと飛翔することを恣意的に想像することとそう違いはなく、それを意図的に理解しているのだとしているに過ぎず、コウモリという生き物にとってドーキンスの考えの下では彼が次のように述べているようなものの見方にも適用出来る。
 「私は『盲目の時計職人』やその他の場所で、コウモリが耳で色を「見て」いるのではないかという推測をしてきた。三次元の空間や航行をして昆虫を捕まえるためにコウモリが必要とする世界モデルは、ツバメがほとんど同じ課題をこなすため必要とするモデルときっと似たものでなければならない。そのモデルの変数をアップデートするのにコウモリがエコーを使うのに対して、ツバメが光を使うという事実は、付随的な事柄である。コウモリは、ひょっとしたらものの表面の音響的な肌理のような、反響音の有効な側面を表す内的なラベルとして「赤」や「青」のような形で知覚される色合いのようなものを使っているのではないかというのが、私の説である。ちょうど、ツバメが長い波長の光や短い光に対してラベルを貼るために、同じ知覚された色合いを使うのと同じことだ。要点はモデルの性質は、そこにかかわる感覚の様式(モダリティー)よりも使われ方によって決まるということである。心のモデルの一般的形式は_感覚神経からたえず入力されてくる変数とは反対に_、翼や脚や尾と同じように、動物の生活様式に対する一つの適応なのである。」(546~547ページより)としている。「ひょっとしたら、赤は光沢のある、青は柔らかな、緑はざらざらした表面かもしれない」。(548ページより)
 この考え方は幾分ウィトゲンシュタインの言語理論による使用ということを象徴してもいる。カテゴリー認識はその種の固有の必要性に応じて進化してきた筈であり、それを可能にするのは、日常的な使用という反復行為によってである。しかし理解出来ることは私たちに付与された生物学的条件に左右されていて、鳥の立場から飛ぶことを理解することも、分子や原子の立場からそれらを理解することも出来ないということを意味する。それは先にドーキンスが言ったこと、つまり似たものが一切ない場合でさえ、何か似たようなものを探し出してそれをこじつけて理解しようとする私たちの想像力の限界も示している。
 このような考えを適用すると「五輪書」に書かれた武蔵による記述の大半は、精神統一とかそういう宗教テクストである以前にまず科学的方法論のテクストだというのが私の考えだ。理解することは、時々に固有の体験を限定的に法則化して定理のようにする恣意的判断だ。だが武蔵が科学的に書を書いたのは死の恐怖から逃れるためだったのかも知れない。
 
 理解することは、日常的な反復行為において私たちが不可避的に必要とする目的に応じた「分かりやすさ」において、つまりドーキンスの言う精神的ブルカにおいて知覚判断的にも最も妥当な範囲内のものに収まるようになっているということだ。それは「信じられやすさ」にも大いに関係している。だからこそ古代からの哲学者たちによる哲学的理解と、昨今の自然科学上での法則的な発見との間で幾分ずれ込んでくる現実があるわけだ。  
 フッサールが「ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学」で述べている科学自体もまたそういう人間の極めて限定的な範囲内での「理解の仕方に関する一つの様相」でしかなく、要するにモデル化することを通してそれがあたかも日常的に判断していることの一つのように私たちの脳が勝手に決め込んでいるということだ。(常識とはそういう曖昧な区分けによって成立している)それは「正しいと思えること」の信念の問題へと行き着く。
 例えばドーキンスは例の色合いということについてクオリアさえ実は脳の内的なラベルであるとする。つまりクオリアとはコウモリにとっての音響学的波長の差異であっても、我々のように色彩的な官能性であっても、所詮それ自体は脳内でモデル化された像であり、それらを幻想として享受するということ以外のものではないということだ(ロボット工学者の前野隆司氏の考えもそうだ)。
 またクオリアは要するにその時々の記憶内容と、想起と、現在知覚による心的な過去と現在とのアナロジーやそれ故のその時々に固有の感情的様相と恐らく関係があるだろう。つまりそれは感動という質に対する信念によっても左右されるのだ(まさにクオリアとは現在知覚の生きられたデータそのものだと言ってよい)。
 それならばカントが「プロレゴメナ」において示したア・プリオリな知覚判断もそうだし、また先ほどの犬や猫や人間の学名的理解も、考古学的、進化論的認識論的カテゴリーによるものだ。つまり信念の一つのパターンだということになる。それは私たちの「分かりやすさ」に収まるものとしての一つのパターンだということだ。
 確かにある時ある状況において私がふと思い出したネコの肌触りに対する想起とは私に固有かも知れないものの、それを私以外の誰かが私と同じような状況に立たされその時私の時と同じように想起しても、恐らくそう違わない形で感受するのではないかという信頼の下に少なくともそのネコのことを想起した瞬間について私の記述は成立する。記述しないままでも恐らく私と似たような猫に関する経験があれば誰でも同じようにある状況でのある者のネコの肌触りに対する想起とはあり得ると私は常に信じて他者と発話する。
 実は私は私の同一性をそんなに信じてもいない(これは私に固有のことなのか、意外と多くの者と似た感覚があるかも知れないが、現時点ではこれは確認済みでない)。しかし少なくとも他者との間で私が成立するということは、少なくとも私以外の成員にとって私という存在に対する把握は何らかの形で統一された同一性という幻想を頼りにしているということだ。それは私が私以外の全ての他者に対して下している判断と同じようにである。またそれを私は知っていて、常に私は他者全てとあらゆる私の人生上での経験を共有していながら、同時に私に固有の経験の質というものもあるのではないかと常にその二つを往復している。
 例えばそれは剣士にとっての敵対する状況における集中力ということでも言えるのではないか?つまり武蔵にとって集中力は彼以外の全ての武者たちがなし得る体のものだったという意味で彼は「五輪書」を書いたろう。しかしそうしながら自分に固有の経験を他者に伝授するという意図もあったのだから、当然彼の時代において周囲の他の武者たちが容易に到達する術ではなかったとも言える。
 武蔵の「五輪書」の次の記述を下に少しそのことを考えてみよう。

 〔参考〕
 ⑥一 目付の事
 目をつけると云所、昔は色々在ることなれ共、今伝る処の目付は、大体顔に付るなり。目のさめ様は、常の目よりもすこし細き様にして、うらやかに見る也。目の玉を不動、敵合近く共、いか程も、遠く見る目也。其目にて見れば、敵のわざは不及申、左右両脇迄も見ゆかる也。観見二ツの見様、観の目つよく、見の目よわく見るべし。若又敵に知らすると云う目在り。意は目に付、心は不付物也。能々吟味有べし。(鎌谷茂雄「五輪書」講談社学術文庫 101~102ページより)

 観見とは見ていても自分の好きなように見るのではなく、本質を見抜く、つまり自我を超越し見て理解することである(武蔵は程よいあわいということを観察においても言っている。つまり心を強く見て表面の現象に囚われるなということである)。これは観智であり仏教では心で見ることを意味する。武蔵はまさにこのことを色々な語彙で示そうとしたのであり、それを少し考えてみると、こうなる。
 つまり我々は何かを言おうとする時は、何かを言いたいという気持ちでいる。その気持ちは何か私的な経験に根差している。それを一言で言い表す言葉があれば、それを使えばよいが、なかなか言いたいこと全てに対応すべく語彙が用意されていない。だから逆に一言で要約された語彙があることは取り立てて、他者に告げるまでもないことも多い。勿論それが初体験である場合感動して他者に告げることはあり得るが。
 つまり私的なことで少なくとも語彙化されていないと自分で思える体験であればあるほど他者に説明したい欲求に駆られる。そして何とかそれを説明して相手に理解して貰うよう試みる。その時そういう体験のことを仏教ではこう言いキリスト教ではこう言うと教えられるが、実際、既成のそれらの語彙によって示されたことが、自分の体験に該当するものかどうか終ぞ確かめようがない。そこでウィトゲンシュタインは私的言語を考えたわけだ。武蔵が考えていた観智には、体験を語彙化し、説明することを拒む想念を想念のままにして、精神を統一することを言っていたのではないだろうか?
 体験自体の身体論的なクオリアとは概して語彙選択して説明することを拒む。勿論どんな体験であれ語彙化して他者に伝えることは出来よう。現に武蔵でさえこのように語彙化し得ないものとして語彙化している。しかしその語彙化、つまり既成の概念に該当しない体験自体は誰しも持っていよう。それがどんな成員にとっても同じものかどうかは確認出来ない。その確認の出来なさ自体が心で見るということなのではないか?それはとどのつまり自分の内心によってのみ確認し、自分なりに理解することが大事であり、他者と説明し合って理解し合うとか、知識として共有し合うということではない形での体得のことを言いたかったのではないかと私は考えた。
 このことを言語行為に翻って考えてみると、どんな親しい間柄の会話でも、私たちは全て私的言語を棚上げにし、公的な言語で会話する。公的な語彙化された概念を私たちがその都度選択し利用し私的体験を語る。その語彙選択の際に私たちは表現出来なさを感じつつも、表現し得ることに置換する。つまり表現出来なさ自体を表現するという欲求が、その発話内容を敢えてその場で発することの意味を我々に感じ取らせている。いつでも当該する当たり前の事実であればあるほどわざわざ語るに値するとは思わない。発話する内容の選択が行為遂行的存在理由を持つ。
 それは同時に書かれたものの性質を実は、書く動機とか書く時の気分によって仮に同じ語彙、同じ文章、同じ意味内容を別のパラグラフに別の著者が示していたら、その背景となる思想や、私的経験は質も何もかも違うということだ。つまり「人生は長いが短い」という言葉を二人の文学者が別々の作品で書いているとしよう。しかしその二つの同じ意味内容の言葉は全く異なった体験とか異なった状況、異なった人格によって語られている。にもかかわらずその二つの言葉の意味内容は全く同じだ。しかしその書かれている文章の前後の文脈で、あるいはその作品が発表された時代状況とか、その著者が発表したモティヴェーションの差異によってかなり異なった意味、つまりその言葉に対する存在理由の与え方がある。
 それは武蔵が決闘毎に異なった相手(敵の剣士)と相対してその都度異なった判断をして命を繋いで来たこととは又別の意味でそうである。勿論同一の著者による同じ言葉においても、その都度異なった文脈的意味合いがある。つまりその言葉自体へ与える存在理由の意味が異なる。しかし体験者が異なれば、その言葉を体験として過去のある時点で生きたことの私的意味も違ってくることは当然だ。それは比較が同一人物の異なった時点での体験とは違って成立しないからである。だからこの比較し得るというところに私ということの同一性が考えられ、逆に比較し得ないというところに他者と私との間の断絶がある。
 と言うことは、私たちが日頃なし得ていると思っている理解もまた、極めて不合理なこととなる可能性がある。つまり理解し合っていること自体が幻想となるからだ。違った人格、違った身体、違った時点でのAという人物とBという人物の同じような体験という形でAがBに自分のある体験を語り、Bから理解され、共感されたとしても、それはとどのつまり比較し得ないもの同士の同一性への仮定でしかないからだ。しかしそれを敢えて同一のものとすること、それを敢えて理解し合えるとすることが他者の存在の在り方を自己にとって意味づけることである。つまりそのような仕方で他者に対して私があるということとなる。
 それは要するにどのような段階の、どのような濃密さがあるかはともかく「信じる」ということに尽きる。死をもって全てが終了するこの不合理である生の理由を前に何もすることが出来ない心の状態から救い、その不合理性を一時でも解消させることこそが、「信じる」ということだ。それは再び生を死への旅と考える不合理へと直面させる。しかしその度に我々は「信じる」ことで生に向き直る。要するに「信じる」ことは一つの生に向き合った時の決意なのだ。理解し合う可能性を信じることがその基本だと私は思う。
 剣士たちは剣の腕を磨くことによって剣術、武術の腕を磨く。同 様に作家や哲学者たちは皆文章を書くことで自らの思想の在り処を見出し、思想を練磨する。剣においてするか筆においてするかの違いがそこにあるだけだ。それらは端的にそういう練磨し熟達した世界観によって固有の「信じる」、つまりその道の真理に対する信仰を構築する。そうすることで生の帰着である死への旅という不合理に対して決着をその都度つけている。これは論理で導かれる結論ではなく、生の只中にあって私が実感し得ることである。

Sunday, October 4, 2009

第三章 意味を意味として受け取るということ

 武蔵が特定のライヴァルを持たず、全ての他者が敵であり得るという意識をどこかで持っていて、ライヴァルとライヴァル足り得ないことの差を自らの中で設けなかったことが、生涯一度も敵に打ち滅ぼされなかった理由だろうと私は思う。しかしそのように多分に懐疑主義的な態度で全ての他者に臨むことは彼にとって意志的な選択だったのだろうか?
 それを考えると、まずその前に意志的選択とは何かを規定しておく必要がある。意志とは時間的な意識でもあり、いつの間にかそういう気になっていたこともあるし、一定の段階を踏んでかなり自覚的にそういう気持ちにすることもある。いずれにせよ突発的にそういう気持ちになっても、少しずつそういう気持ちになっても時間と深いかかわりがある。
 それをベルグソンが純粋持続と呼んだのかも知れない、と私が言ったのは一瞬の寛ぎ的間隙を挟むことにおいてだったが、このこと、つまり突発的ということも少しずつということもそうだが、間隙があるからこそその他の緩やかで同質的時間があるのであり、少しずつ成就することがあるから、逆に突発的なことがある。
 武蔵は別に人一般に対して不信だったというのとも違うだろう。彼にもお通さんという人がいたわけだし、人を信じるという気持ちもあった。しかし同時に一旦どんなに善良である風に普段見える人でも、彼に襲いかかる悪鬼に豹変する可能性も秘めているということを知るという意味ではやはり純粋に他者を信用することに対して懐疑的だったと言ってよい。だからそういう相手に遭遇した時の突発的な他者に対する判断と同時に、幼少期から少しずつそういう体験を積み重ねていった判断もあったろう。しかしどこかで仄かに確信として立ち現われると言えば意志的だったが、色々ある中から選ぶと言えば選択的だったわけではなかろう。
 人間には常に何かをする時に必ず次のような選択肢があると私は思う。
 
① 当たり前のことを間違いなく行う。
② 多少間違ったことになっても、ただ当たり前のことではない何か新しいことに挑戦する。

 これは何も前者が年配者の常であり、後者が若者の特権という風にも単純には言えない。例えば①の判断を常にモットーとする若者も大勢いるし、若い頃そういうタイプだったので、年配になってから②の判断を貴重だと思う年配者も大勢いる。勿論①の判断を下らないと思う若者もいれば、②の判断を持っての他と考える年配者もいる。 
 端的に新しいこととか、チャレンジングなことは、伝統に対する破壊という性質がどこか伴う。だからそういうことは、安定感はないし、失敗するかも知れないが、モティヴェーションという意味では純粋だ。一方当たり前のことで、常識的にも順当であるとされることは、概してそれをしていることを誰に告げても怪訝な顔をされることも非難されることもないかわりに、賞賛されたり、凄いと言って貰えたりしないし、保守安定的に思われるかも知れない。だから二つの内どちらを選択するかというと、その時々の選択する側の人間の事情如何によるだろう。
 それは何かことを起こすとか、それまで通りに何かを踏襲するという選択肢だけではなく、愛や結婚にも当て嵌まる。例えばヘーゲルは「法の哲学」において、次のように書いている。

§一六四
 
 ちょうど契約の言葉による儀式的約定がすでにそれだけで所有の真の移行を含んでいるように〔§七九〕婚姻という倫理的な絆を結ぶことの同意を儀式的に宣言し、これに応じて家族と地方の自治団体がこの絆を承認し確認することが〔この点に教会が関係してくるということはもっと先の規定であって、ここで詳論するわけにはゆかない〕_婚姻の正式の締結と現実性をなす。だからこの結合は、こうした挙式が先に行われることによってのみ、倫理的なものとして確立されるのである。こうした挙式は、精神的なものの最も精神的な現存在としての言語というしるし〔§七八〕による実体的なことがらの完結なのである。 
 したがって自然的生命活動に属する感性的契機は、それの倫理的な関係のなかへ、倫理的結合の外面的な現存在に属する一つの結果および偶有性として位置づけられている。じっさい倫理的結合は、愛し合い助け合うことだけにつきるわけである。
 だれかが、法律的な諸規定を汲み出したり論評したりしようとして、何が婚姻の主要目的とみなされなくてはならないかと問う場合、この主要目的という言葉は、現実の婚姻生活の個々の面のうちでどれが他の面に比して本質的な面と認められなければならないか、ということを意味するものと解される。
 しかし、どの一つの面をとっても、それだけで、婚姻の即自かつ対自的に存在する内容の全婚姻、倫理的なものの全範囲をなすようなものは何一つないのであって、現実に現われた婚姻にあれこれの面が欠けることがあっても、婚姻の本質がそこなわれることはないのである。
 婚姻の締結そのものである儀式によって、この結合の本質が感情や特殊な愛着といった偶然的なものを超えた倫理的なものであることが表明され確言されるのである。
 しかし、もしこの儀式が、外面的な形式と解されたり、いうところのたんに市民的律法と解されるならば、この行為の意義として残るものは、たとえばこの行為が婚姻という市民的関係を教化し確証する目的をもっているということとか、そうでなければ、この行為が市民的ないし教会的な律法のたんに既成の恣意であるということだけになる。この後の場合は、この律法は、婚姻の本性にとってたんにどうでもよいものと考えられるだけではない。律法だからという理由で、この正式の締結に心から価値をおかなくてはならず、この締結を、相互に完全に身を捧げ合うことに先行すべき条件とみなさなくてはならないとされるかぎり、この律法はまた、愛の心術を汚すものとされ、疎ましいものとしてこの合一の真心からの繋がりに逆行するものとされるのである。
 だがこうした意見は、愛の自由や愛の真心や愛の完璧さについて最高の概念を与えると自負しながら、それどころか逆に、愛の倫理的な面を、すなわちいっそう高い位置に立ってたんなる自然衝動を抑え退ける愛のはたらきを、否認するのである。だがこのはたらきは、もともと自然的に羞恥心のうちに含まれており、また、もっと明確な精神的意識によって高められて貞潔や躾のよさになっているのである。
 さらにいえば、右の見方では婚姻の倫理的規定は投げ捨てられている。婚姻の倫理的規定はつぎのことにこそあるのだからである。すなわちそれは、意識が自然性と主観性を脱して実体的なものについての思想へとおのれを集中し、感性的愛着の偶然と恣意をいつまでもおのれのもとに残しておかないで、こうした恣意から婚姻の結合を取り出し、そして家神たちに義務を負うて婚姻の結合を実体的なものに委ねる、ということにあるのである。そしてまた婚姻の倫理的規定は、意識が感性的契機を、たんに制限された一契機へと引きずりおろすことに、すなわち婚姻関係における真実にして倫理的なものによってたんなる一契機へと引きずりおとすことにあるのである。この実体的関係の思弁的本性をつかむことができないのが破廉恥というものであり、また破廉恥を支持する悟性なのである。だが腐っていない倫理的心情は、キリスト教諸国民の立法と同様、この思弁的本性と一致している。(「法の哲学Ⅱ」47~50ページより、藤野渉、赤沢正敏訳、中公クラシックス)
 
 この文章にはヘーゲルその人の愛という名の理性の前に存在する彼の肉欲的本性というもう一つの存在者の実存に対する羞恥とそれに対する「構え」がよく示されている。つまりこの文章から私たちは愛を手続きであるとして、その持続とか社会的安定と考えるか、それともそのモティヴェーション的な純粋さにおいて考えるかということを、当のヘーゲル自身がいかに懊悩していたかが読み取れる気が私にはするが、どうだろうか?しかもモティヴェーション的な純粋さを彼は肉欲としてではなく、それを理性へと高めるエロスのアガペー化とでも言うべき価値真理として考えている。と言うのもこの文章でまず初めから「婚姻の締結そのものである儀式によって、この結合の本質が感情や特殊な愛着といった偶然的なものを超えた倫理的なものであることが表明され確言されるのである」までにヘーゲルは制度としての結婚への社会からの承認をまず言い、続いてそれを形式的な追従なだけであることから、愛の心術という言葉で示される、愛を育むそのプロセス、モティヴェーションに対する純粋さを通して制度追随的選択を批判しておきながら、再び前言を撤回するかの如く「だがこうした意見は、」から逆に今度はただ単なる自然衝動を悪として捉え、それを抑制する理性論の立場に立って、そういう純粋主義の危険を指摘しているからである。ヘーゲルは少なくともここではどちらが正しいかの結論を控えている。
 と言うことは、ある意味ではそのどちらが正しいかということで思い悩むこと自体を別に悪いことであるとしているどころか、それを通過しない安易な選択を批判していることになる。
 これを私が示した①と②の選択肢を通して考えてみると、愛の動機の純粋さと、その清らかさを称揚するとしたら、人生全体をある種別次元の幸福と至福の感情へと誘う②を選択することが正しいことになるが、そうではなく社会全体に対する調和とか、安定ということだけを考えれば①が正しいことになる。これはある意味では深く問題提起された課題に対処していくことを避ける、つまり愛を手続きだけでよいとか、それ以上深く理性論的に追求していくことを忌避することにも繋がる。しかし愛は実存的に捉えればなるほど肉欲的であり羞恥を伴うものだ。だからこそ何故人は異性同士で愛し合うのだろうという問題提起で、肉欲とその純粋な精神的目的との折り合いをつけることに悩む。ヘーゲルもまたそうだったのだ。
 これは恋愛とか結婚が若い人にとってではなく年長者にとっても重大事であることを考えれば、①の場合制度的に結婚していい条件として、定収入があるとか、相互に健康であるとか、周囲の社会が
彼らの交際そのものを健全なものとして認め、それを結婚という形で一定の制度として位置づけることを順当であると周囲の人間共々認め合うことが第一で、その恋愛の契機となる感情の純粋や恋愛に費やされるエネルギーを節約し得るし、結婚することで相互の人生の在り方がよくなるか悪くなるかは今のところ未知数ではあれ、少なくとも恐らくかなり生活状況とか周囲の人間関係自体もネガティヴに変化させてゆくだろうと推定されるような冒険とは、対極に位置するものである。
 つまりこの二つはある意味ではたまたまここで恋愛と結婚という形で示したが、どういう仕事に就くかという選択肢においても普通に安定した企業に就職するかとか、自ら起業するかとかの判断にも繋がり、あらゆる行為選択につき纏い、全てのケースにおいて①と②を適用して考えることが出来る。
 何故そのように考えるかというと、私たちは人生そのものをどのような瞬間の出来事であれ、その一瞬を過ぎたら、その瞬間は二度と取り戻すこともその瞬間が訪れる以前の状態にも戻れないという一回性として誰でも理解して、出来るなら後で「あんな選択をしなければよかった」と後悔しないようにしたいと願っているからだ。
 そして後になって考えた場合①の選択肢と②の選択肢のどちらが自分にとって悔いの残らない決心だったかということに対する考えにおいて、人それぞれ①だと主張する人もいれば、②だと主張する人もいるだろうし、その選択を迫られる当の状況次第で概ね常に①か②の選択肢を採る人でも、ある場合には逆にすることもあるだろうし、立場が反転することもある。
 言ってみれば、それが人生に対する思想である。そのようにある条件を示されて、その条件下ではこれこれこういう決断をすると思うことに対する判断の即決性こそが信条だし、性格でもある。人生全体をどのように捉えているのかに対する自分なりの判断がそれであり、それは人生や、生自体の意味、つまり価値判断なのである。
 しかしその生に対する価値判断や意味を、第一に考えることも出来れば、そういう題目よりも実利的な幸福とか利益を第一に考えることも出来、後はその人なりの主観領域に属すが、もし前者のように捉える者は、意味に対する洞察を好み意味とは何かと考え、後者のように捉える者は、意味とは何かと考える前に意味あると思うものに従えばいい(行動すればいい)というモットーであると言ってもいいだろう。しかしそのことは①を後者、②を前者とすることが出来るくらいには単純ではない。と言うのも②もまた後者に属する場合があるし、①も前者に属す場合があるからだ。よく考えて①を選択する場合があるし、即決的に①を選択する場合もある。また周囲の環境からの影響で②を選択する場合もあるし、自分一人で周囲の大勢に反対して①を選択する場合もあるからだ。
 そこで①と②の選択肢を次のように言い換えてみよう。
 
① 失敗を省みない行為の無謀さを恥じる勇気
② 失敗をも恐れないで何かを行う勇気

 例えばこの二つの観点を再びヘーゲル的な愛と結婚という形でまた暫く考えてみよう。
 私は愛ということを異性愛に限れば、かつてで次のように書いたことがあるので、その文章を一部そのままの形で引用してみよう。

 人間は社会的責務とか義務とか社会からの要請によって行動することが多いということは君にも理解出来るよね、あなたはそういうことなら遠の昔から知っていただろう。しかし人を好きになるという感情はそういう責務とか義務とか社会的要請とは別個の形でやってくる。例えばクラスメートだから、同僚だから巧くやっていくという決意は誰しも持っている。しかし一人の同僚の中でもクラスメートの中でも好きなこととそうでないことの両方があるのは仕方ないだろう。好きになる理由は、仕事で知り合った人と仕事上で巧くやっていけることからその人がいい仕事仲間とかクライアントとかということで好きになることはあるだろう。しかし恐らくその中でもその人間的な性格や人間性が好きになるのは、そういう巧くやれる関係というのともまた違うものとしてあるだろう。
 昨今猟奇的衝動無差別殺人が多くなってきたが、彼らは果たして弁護側が常に持ち出してくる心神耗弱ということが当て嵌まるのだろうか?彼らは殺人が道徳的にも法的にも許されないことを知っているし、その上で二人以上殺したなら死刑になるということも知っていて尚且つ実行している。そういう意味では怨恨による殺人以外でも人を殺して充実した気分でいるということも生理的にも心理的にも原理的に可能だろう。あるいは死刑になるという可能性を受け容れてさえ、ひょっとしたら死刑だけは免れる可能性に賭けてもしそうなった時に儲けものだと思える時の愉悦を味わいたくそれで人を殺す動機とする者さえいるかも知れない。そういうスリルを自分の命を賭けてでも味わいたいという欲求が人間の潜在的な部分にはあるのかも知れない。
 そういうことというのは、恐らく被害者の家族からすれば許せないことなのだろうが、人間はかように衝動的な部分もあるのだということだけは彼らとて認めるだろう。しかし裏を返せばあなたが、そして君が人を好きになる時、果たして倫理的な理由からだろうか。あるいはその人が理性論的に道徳的、社会模範的だからだろうか?そうではないだろう。恐らく君は、あなたは僕と同じように、好きになった人を褒めるために褒められる理由を探し、あの人は家族を大事にして、仕事にも責任感があると言いたいのだ。つまり人に対する好感情も、悪感情も全て衝動的な部類に属す。しかし一旦好きになった人と巧くやりたいために我々は友情とか愛情というモラルを持ち出す。そしてその人の人物評定として道徳的だとかいう修辞を持ち出すのである。
 そしてこうも言える。特に異性間での愛情とはまた一層厄介で、ある意味では異性を愛するという行為決断は、人を殺したいくらい憎むということと似ているところもある。つまり好きになった人を異性として抱きしめ、性行為することは、衝動的レヴェルでは人を殺すことくらいに突発的なことである。そしてその決断が正しかったとしたいから我々はただ後づけ的に結婚という社会形式とか慣習を受け容れ、保険に加入するような具合で配偶者と権利を分け合うのだ。しかし最初に結婚したい人が見つかることとは、恐らく義務的であるとか社会的責務であるよりは遺産相続を巡って配偶者を必要とするような特殊なケース以外では現代では稀だろう。つまり誰と結婚するかという初期段階での選択の問題とは、好きになる人に対してどうしてその人が好きになったかという理由を説明が出来ないのと同じようなレヴェルの衝動的な気分の問題である。恐らく幼少の頃から昆虫採集が好きで好きでたまらかったとか、楽器を演奏することが苦ではなかったとか、哲学に関心があり、特にその中でもこれこれこういう命題に熱中してしまっていたというようなことと同じように、説明出来るようなレヴェルの理由では決してない。
 それらは衝動的にある人が嫌いになり、あるいは最初から嫌悪感を抱かずにはおられないということや、どうしても許せない一言をあいつは吐いたのだとかいう判断と同様、好きになることはどうしようもないし、その中でも超度級に異性を愛する衝動は、相手との合意がある場合に限ってだが、どうしようもない運命的な出会いとしか言いようがない。恐らくこう言えばあなたにも、そして若い君にも似たような経験があるに違いない。繰り返すが、道徳とか常識とか世間体とかそういうことは、出来上がった感情を日常生活において後づけ的に正当なる位置づけをするために拵えたものでしかない。つまりある好きになった人と常に一緒にいたいから結婚という社会的制度を利用するのであり、好きになった友人と長くつき合いたいからその人に対する人物評定をするために様々なモラル論的な価値基準、例えば友情を持ち込むのである。(「アンニュイとメランコリーを抱きしめて」から)

 愛という衝動は、ある意味では相手に対する慈しみという意味ばかりではなく、これは生物学的に実証されていることだが、相手に対してこちらのエゴイズム、それは精神的なものだけではなくもっと生理的本能レヴェルのエゴイズムを発揮し、自分の遺伝子がそのメリットのために相手のデメリットを承知で相手をパートナーとして獲得するような行動や、恋愛そのものに纏わる決心をさせるということもある。
 それはたまたま私が殺人と比喩的に捉えてみたが、例えば武蔵の一生とは、彼自身の剣士としての能力と技能を追求し、それを立証するために多くの他者の命を彼自身が奪うことの選択だったが、その犠牲となった魂を弔うために彫刻を作り、彼自身の大勢の死者の魂への鎮魂と、贖罪の心理が渦巻く精神的不安定を除去するために絵画を描いたとも捉えられる。そしてそれは①と②の選択肢を両方とも充足し得るようなタイプの行為の連続だった気がする。それは後悔が、どういうことに浮上するかに関する人生に対する思想の違いと言えば言える。つまり死者を大勢出しても彼は自らの剣の腕を証明することを怠ることの方により大きな後悔を感じ取ったのだ。
 それは恋愛に関しても結婚に関しても周囲の関係者全員をひどく苦しめることを分かっていて敢えてそこに突入するという選択肢は存在し得るし、そうしたために非難を浴びてさえ、それをしなかった時の方が後悔するということは選択肢を巡る人生に対する思想上あり得る。
 パブロ・ピカソは生涯で八人の女性を愛したが、その内一人は自殺へと追い込み一人は精神疾患へと追い込んだ。そしてそうしながら尚且つ若い頃だけは貧困であったが、ある時期を境に彼は経済的にも成功し、アート史上でも類を見ない成功者となった。彼の人生は権力志向ではないが少なくとも彼の業績自体は立派な権力を持っている。それに対してどんなに剣士の間で敬意を集めていたとしても、武蔵の剣豪としての業績自体は権威があっても、権力とは無縁だ。それはピカソの絵画のように世界に名だたる美術館に保管されないし、死ぬまで誰かに狙われて殺される危険と隣り合わせだったからだ。武蔵は生涯権力と無縁の男だったのだ。
 しかし彼の「五輪書」中、∧地之巻∨の結語で彼は次のようにしている。

 また集団の兵法としては、立派な人物を部下にもつことに成功し、多くの部下を上手に使い、わが身を正し、国を立派に治め、民をよく養い、世の秩序を保つことができる。
 どんな道であろうと、人に負けないところが分かり、身を助け、名をあげることが、そのまま兵法の道なのである。
 正保二年(一六四五)五月十二日             新免武蔵
  寺尾孫丞 殿
 寛文七年(一六六七)二月五日        寺尾夢世勝延(花神)
  山本源介殿

 つまりここで国とか世という語彙を使用していることに私は人間の欲望の凄まじさを感じる。つまりそれは一介の剣士が哲学者へと昇格することを渇望していることを意味するからだ。
 確かにソクラテスは生涯権力と無縁だった。しかしプラトンはアカデメイアを創設し、ソクラテスの意志を継ぎつつも、権力保持者だった。ヘーゲルもまた権力というものを少なくとも当時のアカデミズムにおいて保持し得た数少ない職業哲学者としての成功者だ。だからプラトンの「国家」もヘーゲルの「法の哲学」も成功者の書いたテクストである。
 しかし声望とか剣士の間での神話とか尊敬的な意味での権威があっても、武蔵の生活自体が裕福だったわけではないし、生涯風呂にも入らなかったとさえ言われるその生活は権力志向でもなければ、権力附帯的現実とも程遠いのに、テクスト上ではこのような国とか世という観念が浮上していたことに私は人間の奥深い理念的な欲望と、後世へと現世の貧困とか、苦悩の結果とは裏腹に理念として実現されるという名望への執着、権威として威光を放つことを望む心理が垣間見え興味が尽きない。(浅野裕一氏「儒教ルサンチマンの宗教」によると孔子もまた今私が述べたような野望を弟子へと引き継がせたという主張となっている。)
 ここで権威ということと権力ということの違いと共通点について簡単に整理しておこう。
 端的に権力とは対立によって生まれることもあるが、それは結果的なことであり、概して権力そのものを欲する者は対立を避ける傾向があると思う。それは保身ということだけの意味でそうなのではない。例えば対話の内には相手を押し退けても自らの意見を通すという性質があり、それは自らの拠って立つ地盤そのものの根幹を揺るがしかねない行為である。しかし真に安定した権力を望む者はそのような危険で不安定な可能性へは賭けない。つまり平和裏に全てを行い、特に自らよりも下位者に対して木目細かい包容力を示し、彼らから人望を得ることを望む。そして彼への人望に惹かれて集まる下位者たちは、彼の権力の術数に嵌り込むという仕組みである。
 しかし権威はそういうものとは本質的に異なる。結果的に権力を保持した権威者という意味ではピカソもそうだろうが、権威とは全く権力を保持していない場合も多い。その端的な例として武蔵を挙げてもいいだろう。つまり優れていること、そしてその優越さが認可されていることと、その優越さが政治力に直結していることはまた別の問題だからだ。だからある時期の皇族とは日本史においてそういう存在だったし、今でも政治的権力という意味では皇族の存在理由は(文化的)権威という面が大きいと考えていいだろう。
 しかし権力とは盲目の下位者からの信頼が前提される。しかしその持続期間は必ずしも長いとは限らない。しかし権威とは一旦多くの者に受容されると、権力よりは長い期間文化として持続する場合も多い。それは盲目の信頼ではなく寧ろ堅実な見識、あるいは伝統的な文化概念に則った安定したコードなのだ。そしてそういう安定性のコードは最初は失敗を省みずに行った行為だった。例えばピカソの「アヴィニョンの娘たち」は時代の空気を敏感に読み取ったピカソによる一世一代の大当たり博打である。しかしそれが一旦確立した様式や表現方法の中にキュビスムという形で認可されると、そのスタイルを踏襲することはアーティストにとって無難な現代アートの技法になる。それは現代アートの文脈では①の選択肢だ。
 それは天才的な剣士が編み出した剣法とて同じだろう。あるいは天才茶人が生み出した所作とか茶道の仕来りと同じである。
 しかしある行為を通り一遍の仕方であるとか、革新的であるとかの意識を普段から私たちはしているわけではない。何らかの目的的行為である場合を除いて私たちは、ただ単にある反復に飽きたり、たまには全く今までしてきたことと違うことをしたりするというだけのことだ。だが一番重要なことは、何をするにせよ、我々はいつかは死ぬのであり、しかも完成された生を生きることなど誰にも出来はしないのだ。つまり未完成な生を生き、未完成に欲求も、願望も、理想も実現せずに死ぬ。(寺山修司もかつて確か、僕たちは未完成の死体として生まれ、完全な死体として死ぬと言ったと思う。)いつ死ぬにしても完成された形で、あるいは予定調和的にある特定の与えられた目的のために充足していたと結果的に言える生などは一つもない。我々は未完成に生まれて未完成に死ぬ。ただそう思いたくないだけのことだ。だからこそある行為を①とか②といった価値判断の下に我々は勇気をどのように捉えるべきかと思い悩むのだ。また一々そう意識しないでも、そのように意志決定がそういう性格を帯びて判断している。 
 
 ①失敗を省みない行為の無謀さを恥じる勇気
 ②失敗をも恐れないで何かを行う勇気

 ここに示された考えは、その時々の潜在的な欲求にも根差している。①では思い切ってやってみたはいいものの、悲惨な結果を招いたという前例に対して、それを二度と繰り返してはいけないという判断であり、②では何ら思い切ったことをすることも出来ず、通り一遍で大胆さの一滴も見いだせず、生活上で大きな変化を待ち望みながら実現されていない状況全般に対する打破の欲求に満ちている。つまりその都度我々はこの二つのいずれかを最良とするかという二極分離的なことを象徴させながら、その中間とか、どちらかというと①か②という風に決定している。
 例えば武蔵は常にこの二つの選択肢の二つを同時に満足するようなこと、つまり双方が他方へと接近して一致する地点を目指して剣を持って敵に相対したのではないだろうか?①が充満してきたところの一瞬の間隙を狙って②を採用し、②の決定に従って①を拠り戻すというようにである。
 人間は未完成に生まれて未完成に死ぬ。その現実と運命において全ての目的、全ての後悔が生まれる。だから①はしたことに対する後悔で②はしなかったことに対する後悔だ。しかし心理学ではしたことの後悔より、しなかったことの後悔の方が大きいと考える。しかしそれはしたことの内容にも拠るだろう。あるいは人間はそれをしたことによって死刑になるような運命を引き受けても尚、してよかったというようなことがあるのだろうか?あるかも知れない。と言うのも最終的には全てはそれをした者にしか分からない心による判断の問題だからである。
 消極的な行為に終始してきた敗退者こそ心理学の言うようなしなかったことによる後悔の方のした後悔に対する優位を主張するだろう。しかしそうなるとどういう行為が積極的で、どういう行為をそうではないと言うかという判断に全てが委ねられることになる。
 そこで行為自体の意味、つまり人生全体に寄与する存在理由を我々は考えざるを得ない。つまり行為をある目的に供するものと考えながら、その目的設定自体が人生全体にどんな意味を持つのかという判断をするのだ。それは意味、つまり生きる意味の設定による。つまり生き方の選択の問題にかかわる。
 ある生き方をする者にとって別のある生き方は自分にとっては何の意味もないということになるし、一つ一つの目的設定とは人生全体に関する生き方の選択の問題である哲学的な問題設定へと直結し得る。問題設定とはミシェル・アンリが「現出の本質」で、あるいはヒラリー・パットナムが「理性・真理・歴史」でも多用した概念である。つまりそれは哲学者にとって人生が意味によって規定し得るものなのかという問いのことである。それはもっと単純に言えば人生は果たして意味のあるものなのかという究極の問いという深遠を覗き込むことなのだ。 
 そうなるとまず問題となるのは、意味とは相対的なものなのかということである。つまり意味が絶対であり、その意味に従って人生は組み立てるべきものなのか、それとも意味というものはそもそも人生を価値あるもの、あるいはもっと世俗的に言えば年老いてから後悔することなく送るために見いだされた便利な概念にしか過ぎないのかということである。前者が意味の絶対説と言ってもいいし後者が意味の相対説と言ってもいい。
 人生が意味とか価値とかによって規範化する以上に何か崇高だと考えたり、あるいはそういう風に規定したりすること自体に何らかの誤りがあるのではないかと感じる向きには明らかに意味とは相対的なものである。しかしそのように人生を何らかの概念によって規定することが無謀だと感じたり、価値化したりすることより一切そう考えずに何か常に行動することが重要であり、いやそれを重要だと考える以前に行動してそれについて一々反省しないことが価値規範的に人生を嵌め込まないことだと感じることは、そもそも私たちが既に意味を信じて、それを疑うことなく生きているからではないか?そう考えると、意味は絶対であるとまでは言えなくてもやはり不可避的に何かが存在すると考えたり、存在するものに対して何かを考えたりすることの根幹のものだと考えられる。
 それは意味を意味として受け取ることであり、そういう思惟を携えて生活するとは、意味を意味として受け取る生き方であると言える。私が二つ前までの段落で示した相対説とは、端的にある種の思い込み、恣意的な決意であるとしか考えられない。つまり意味とは信じるように私たちがしているものなのであり、その意味の存在を「存在する事実」として認可することなのであり、存在していることに対して意味づける限りで存在するが、通常の存在物のようには存在し得ないものとして意味を捉えるべきなのである。故に私にはそういう風に不可避的に立ち現われる意味に対して相対説は明らかにその不可避性に対して目を背け、行動する渦中に常に身を置きたいと願う自己の行動し得ない優柔不断に対する踏ん切りのように思われて仕方がない。意味の相対説とは恣意的な決意なのだ。
 だから意味とは不可避的に立ち現われる限り絶対であるが、それは存在する事物の実在のように絶対ではない(それも本当のところは存在するものだって絶対かどうか分からないのだが)とだけは言えそうだ。だから逆に意味を意味として受け取ることは、意味を、実在する事物ではないから大したことはないとする見方か、いやその見方はそもそも存在するものを存在すると言い、その認識から存在物を私たちの存在と関係づけることをして、意味を見出し、見出された意味から全てを存在すると考えているのだから必然的に虚無的な誤謬を含むとする見方かということにおいて、私は後者の考えである。意味を存在するものとして受け取るということは通常の実在物と等価に捉えることから、そういう風には存在しないのだから大したことではないとするように誘引する可能性も一方であるが、他方意味そのものの存在とは、通常の実在物とは本質的に違うが価値があるのだとする見方を誘引する可能性もあり、私は後者の考えに与する。
 意味を意味として存在すると捉えればよいのである。それはそうすることで、人生をただ生物学的なその都度の本能という形で捉えるのではなく意味あるものにしたいという意味の在り方へ直結する。それが前章において捉えた人生に対する思想へと結果的には繋がっていく。①とか②で示したようには通常哲学では言わない。それは思考実験を哲学者がする時それを比喩であるとかアイロニーであると言わないことと同じようにである。だから今私が示した見方はある意味では哲学外的な哲学への見方かも知れない。(第一章を参照されたい)つまり思想から哲学を捉えるということである。しかし人生に対する思想を哲学者が携えている限り彼らもまたそのものを直視せざるを得ないのではないだろうか?

Thursday, October 1, 2009

第二章 価値と判断

 哲学は科学と違って、判断、つまり何が正しく、何が正しくないかということに対する判断において、個人間に横たわる信念の差異に応じて異なった仕方が立ち現われる可能性を常に考慮に入れて論じるべきものである。
 科学では本質的に同意し得るものを基準に、そこに向けて実験、証明が行われる。しかし哲学は本来科学の持っているような反証可能性よりは、もっと証明が不可能なようなタイプの心の問題に肉薄する。そのために哲学では論理的に正しいと立証されたものや論理的に正当性があるとされるものを前にしても、それを信じることがたやすいかとか、心の奥底で納得し得るのかと問われれば、百人が百人異なった考えを持つような意味で個人的な主観に根差した反応の在り方を一般化して論じるので、必然的に仮に出された結論も、ただ従い同意することを目的としてはいない。何故なら心の問題とはそもそもルールに従うというようにはいかないからだ。
 例えば論理的に立証されている正しいことでさえ、その正しさ自体の内的な信憑性とは、極めて曖昧であり、仮に多くの人々にとって信じがたい事実でも、科学的真理としては正しいものとして認めることが社会的には求められても、その事実自体に対して自分はどう思えるのかという問いに対しては、それぞれ異なった判断が成立していようとそれ自体を咎める必要はさらさらない。従って内的な判断の問題は本質的に個人に内在する経験的直観に委ねられている。そして外的判断を巡る一般的な真理に対しても、私たちはそれを内的ルールとして規定してつき従う義務はない。勿論ある哲学的なリサーチグループ内で取り敢えずの真理としてそれを採用するという試み自体はあり得るし、あって然るべきだ。しかしそれはそのルールが一般化され得るようなタイプの捉え方で存在するのではない。
 つまり哲学とは本質的に、ある判断をする時、その判断が一般的真理として立ち現われることを別に期待しない。それは哲学が基本的に価値領域に論争の向かう先が設定されているからである。価値はルールとして採用されるべき一般的真理ではなく、たとえそのように一般には思われるものであっても、そのルールは社会的な欺瞞かも知れないし、因習かも知れないという風に懐疑的に取り扱われるべき筋合いのものとして認識すべきである。
 しかしそのことで哲学は相対主義だという結論に至ることはない。何故なら相対主義とは、端的に全ての論争を封印する性質があり、哲学では避ける傾向があるからだ。論争などする必要がない、何故なら全ての判断は個人でなすべきであり、判断の正当性を論争することが不毛であるという判断が基本にあるのが相対主義だからだ。
 つまり哲学では論争すること自体が封印されることがないばかりか、ある正当なる論理において一般化され得るルールが提出されても、そもそもそのルール自体に対してどう思えるかということ自体を他者に対して強制することも、変更を迫ることも不可能なのであり、端的にそのような心の在り方への強制に対する不可能性という無力さ自体が哲学の基本的な姿勢であり力でもあるからだ。
 だから哲学の場合、論争すること、あるいは常に取り敢えずの真理を提出することは不毛ではないと同意しているし、同時に仮に出された真理でも、それに対してルール化して常に従うことを一般化することは決してない。そしてその真理に対する個々の思え方に対して再び別の取り敢えずの真理が出されて、やがていつかは不動の真理の到達点があるのではないかと思えたとしても、その思いそのものが幻想であるということをも常に論理的射程、論理的可能性、倫理的選択肢の一つとして残しておく必要がある。
 つまり価値に対する判断は、それが相対主義であると納得することは許されないが、と言って、その判断の個々の差異そのものに対する一般的真理が見出されても、それは普遍化されたルールにはならないという自覚だけが、その判断の差異に対する真理へ向かう論争を正当化する。つまり哲学論争するのも、将来絶対正しくつき従うべきルールを見出すためではなくそんなものを私たちは求める必要などないことに価値を見出したいという欲求からなのだ。
 つまり哲学において到達すべき真理があるとすれば、それは往々にして大したものではないということがある。それはフィロソフィーという英単語の意味にある「諦念」がギリシャ以来延々と普遍的に介在してきていることにも関係ある。その真理の中には当然論理的正当性や論理的説得力も、論理的に正当性が容易に見出され得ないものに比べればさして重要なものではないという考えを認めているからに他ならない。つまり哲学においては仮にカントが定言命法と呼んだものが「あるとしても」、それは「ある」としたその瞬間に逃れていく可能性を認め、そのように常に「ある」とすることを不毛化する反復自体をどこかで常に持ち、仮に不動の定法を要求するような心理に私たちがなっていった場合すら、残しておく必要があるという思考の容認なのである。
 カントは恐らくそのことを知っていた。しかしそれを敢えて言及しないことに意味があったのだ。つまり哲学者ではない者に哲学を理解させるために幾多の便利な言説を彼自身がしたわけがない。だからカントを読めば確かに定言命法というものが確固とした形で存在し得るかの如く幻想を得る。しかしそれは直ちにカントの言説が意味するところを示しているのではない。しかもそれを彼は比喩(アレゴリー)として示したのでもない。メタファーでもない。それは意志的に充実したカント自身の何らかの世界に対する願望、いや意志的な世界への、いや神への命令であったかも知れない。それは個から発せられているから個的なものである筈だが、我々がカントを読むとそうは感じられない。そこに我々は普遍を発見する。しかもその普遍は誰しもがその者に固有の解釈によって自己内のルールを構築することを意志することが可能なように配慮されている。例えばその端的な例こそが「自らの格律を誰しもが格律とし得るようなものとして設定せよ」ということである。
 だから哲学では仮にルールがあったとしても、そのルールは定法として存在する必要がないばかりか、そもそもそのような定法そのものに対する懐疑をも(心の余裕とでも呼ぶべきものとして)常に残しておく必要がある。それは哲学が限りない能力への信奉そのものを捨てている、その無力性、あるいは限界そのものに寧ろ積極的な可能性を見いだしているからである。(だからこそ哲学は真に権力とは無縁である。)だから哲学において限界と言う時それは必ずしも無力だと言うことではない、いや仮に無力であったとしても、そのどこが悪いという問いをも封印することがない。無力の価値を残しておく必要があるということだ。それは価値判断が、そもそも個人の主観とか相対的なものだということに拠るのではなく、あらゆる価値判断を支える何かを「信じる」ということが生きる上で最も個人的にも、対他的にも基本的なことであり、それはルールに従うという社会規範的なことと両立し得ることであり、論理的正当性とも別な形であり、それと一致しなくても共存し得る。
 価値とは相対的なものなのではなく、「信じる」ことが常に内的に不可避的に必要であること、判断することが「信じる」ことを支えとして行われているとは言え、それが行動において必ず実現しなくても、行動全てが「信じる」ことに追随していることは理想だが、そう理想どおりにはいかないこともあると認めている。その意味ではアクラシアもまた私たちにとってなくならない。
 だからこそ価値を巡る判断が私たちを再び哲学的論争へと誘う。その論争では価値と判断と行動と信念の間の関係を問う。
 例えば私たちには、真理を見いだす必要があることと、真理を見いだすことにさして意味があるとは思われないことがある。だがそのことは前者が意味のあることであり、後者は意味がないとは意味しない。真理を見いだすことに意味や価値がある場合もあれば、真理を見いだすことに意味や価値がないことに意味や価値がある場合もあるとだけ言える。
 あるいは哲学的であるということは意味のあることかも知れないが、常に哲学的であることが正しいとか、意味があるということでもない。例えばある場合には最も非哲学的な判断こそ最も正しく意味があることもある。
 つまりそのことを常に選択肢として残しておく態度こそが最も哲学的であるかも知れないし、哲学的であるとか哲学的ではないという問いは別に意味あることかどうかはともかく、それを知る上でも哲学が必要なのだ。
 哲学的に生きる、哲学者として生きることは、科学的に生きる、科学者として生きるという決意が科学外的に決意することであると同様、哲学外的に決意することである。要するにそのように決意することは、一旦そのように生きだしたら再び何故そのような決意を抱くに至ったかを忘れる必要があるということである。(このことは哲学者、永井均氏が常に主張していることである。第十六章で詳述する。)
 永井均氏は、デレク・パーフィットが示した思考実験(「理由と人格」)に対して強い関心を示している。もし今私と全く分子組成の同じもう一人の私が、今の私が消滅したその瞬間誕生したなら、その時私とそのもう一人の私は意識や記憶ということだけではなく、私の心全部をそのまま引継ぎ、私は私が一瞬死んだということさえ理解出来ないようにいつものままでいられるだろうかということや、私がほんの十秒くらいだけでも、そのもう一人の私の誕生を知っていたのなら、私は死に、そこで私の人生は終わり、しかしもう一人の私は私とは別人としての人生を生きるだろうが、それは死んだ私にはかかわりないかということを論じている。
 しかし恐らく現代の科学的見地からは、そのような状態が具現化されることはないだろう。しかしもしそのような状態になったのなら、ひょっとしたら、前者の場合私は私が死にその瞬間別の私が誕生したということを理解することさえなくそのままいつものように生活していることになるのかも知れない。これは結構恐ろしいことだが、よく私たちが言う人が変わるということは他人から見ればよく分かるのに、自分だけが気づいていないことがある。だが問題なのは後者の方である。後者のようなことというのはもっとあり得なさがつき纏っているように私には思える。しかしにもかかわらず、もしそうだったなら、私がもう一人の私と意識を共有することはなさそうだとだけは誰でも言える気がする。
 茂木健一郎氏もまた「脳とクオリア」で似たことを述べているが、氏の場合明らかに何億年くらいたってから、再び私と同一の分子組成のもう一人の私が誕生したなら、私が死んだ瞬間そのもう一人の私の気持ちになっているだろうというものである。これは先ほどの前者の解釈の時間スパンを一気に拡張した考え方である。そして同一律に対する信頼もある。と言うことが逆にそのような同一のものが別の空間に、あるいは別の時間枠に登場する可能性が限りなくゼロに近いという確信が我々にあることも示している。
 それはしかし私が哲学者として生きることと、哲学的に生きると決意すること二つの場合でも言えるのではないだろうか?確かにこの決意はそのままではただの人生観である。しかし決意してそのように生きることがたやすいのなら、それはそれで同一律を巡るパーフィット流の思考実験と似てはいないだろうか?
 つまり何かを決意してその決意を百パーセント実現することが通常(勿論ゼロではない)限りなく不可能に近いからこそ、私たちは常に百パーセントを目指すのではないだろうか?つまりこう言える。私たちは自分の考えを他人に押しつけることも出来なければ、他人から押しつけられることもない代わりに、常に自分の考えさえ揺らいでいる。だからその揺らぎを限りなく同一性を保持することが出来たと思えるくらいに是正しようと努めるからこそ、他者と論じる。その意志と行為そのものが哲学だということだ。(それは哲学者として生きるということではないが、哲学的に生きるということでもない)「それはあいつの考えだ」とは端的にそのようにその者を社会的にその者の同一性として容認することだ。そのように同一性の中に他者を位置づけ、自分も他者から位置づけられることによって私たちは社会生活を全うし、そうしているという気分を得る。
 つまり私たちは価値を同一性の中に見いだしている。しかしその見いだされたものとは見いだし得ないということの中に潜んでいる。つまり「それはあいつの考えだ」と私たちが言う時、それは限りなく私たちが彼に期待することであり、彼がその期待に応えていることであり、それは本当の彼自身とも少し違う。だから同一性とは、端的に極めて曖昧で、欺瞞的なことでもある。勿論私が限界と言う時そこには否定的ニュアンスばかりではないように、この欺瞞的というのも同じである。
 すると同一性として語られたパーフィットの思考実験は、私は私であってもう一人の私とは違うとも言えるし、同じとも言えるとしか言いようがなくなる。要はどのように私ともう一人の私との関係を考えるか、いや「信じる」かということになる。
 例えば私は確かに三十年前の私の記憶を保持しているが、今の私は明らかにその当時の私とは違う。記憶の連続性ということを言うなら、私は過去の私と繋がってはいるが、三十年前の私と今の私は徐々に変化してき続けている。しかしそのことは三十年前の私と二十九年前の私とが同じではないが、今の私と三十年前の私の違いよりは近いと言える気がするという意味で私は変化し続けているから 、どの時点でも私は私だが、その時に立たされた身体的条件や周囲の状況が異なっているとだけは言える。しかし常にその時々の私の気持ちを私は覚えており、そのことを通して私は今の私と三十年前の私を一瞬で、一々三十年を順次辿ることなく同じ私と理解し得るし、その時の気持ちも一瞬で蘇る。
 つまり記憶も記憶内容も私にとっては順次連続していることを理解出来るが、同時に「あれはいつのことだったっけ。京都旅行の後だっけ、それより前だっけ?」と誰か私を知る人に私の周囲であったことを質問することがある。勿論それは少し時間が経ってからが多いが、これは記憶が前後関係のシステムの中にだけあるのではないことを証明している。つまり一つ一つの記憶内容は因果論的な意味での先後関係としてではなく時間順序的ではない形での個々のエピソードとして独立して記憶されている。
 しかし私たちは一瞬前のことでも「蝿が僕の目に近づいてきた」と誰かに告げることが可能だ。そうすることによって一瞬前のことを明確に「今ではない」という形で過去化する。これは中島義道氏も述べている。我々は何かを報告し、その何かに言及することを通して過去化する。その何かを今ではない形で理解することを通して過去へ追い遣り、事実化することで記憶内容を固定化する。
 つまり固定化された記憶を通して過去を理解したがる。またそのような記憶を引き出す判断自体もまた固定化された私の中の価値に支えられている。だから過去の出来事に対する捉え方がおかしいと感じれば、その都度私は私の中に固定化された価値を修正しようとする。そして私たちが恐らくその価値が私たち自身によってその都度固定化され直してきていることを知っている。ただ普段は固定化し直していることや価値を汲み直しているとは気づかない。
 つまり同一性とはそれに縋ることが可能なくらいの設定値として常に作られ続けているのだ。価値とその判断によって示される揺らぎとその修正ということを考えればそれは納得出来よう。同一性を保証したいために私たちは常に価値を判断し、その判断の正当性を巡って苦慮する。同一性とは同一だと思える連続性によって私たちが自身に保証している。何故同一性をそうやって保証しようとするかと言えば、相互に他者間において私たちは彼とか私とかあなたと呼ぶことを可能にするためだ。全ての同一性が幻想だとなれば、その時には完全に私とあなたと彼、彼女との関係は曖昧化していく。しかし哲学的論争ではその都度の結論(それは先に真理ということで言った)を出すことが目的であるなら、当然私たちはその都度真理を見いだすために誰それがこういう意見だったとか、その考えは誰が考えついたのかと、ノーベル賞を授与する人物を特定するように調べる必要はあまり意味がないという意味では、同一性を一々特定の個人に帰着させる仕方は、科学の場合で言うならディタッチメント(茂木健一郎氏が「「脳」整理法」において強調している)という観点とも共通してあまり意味のあることではない。つまり私の今の考えは次の瞬間私とは別の誰かの発言によって修正を余儀なくされる可能性を絶えず秘めていて、論じて何かその都度結論を出すことにおいて個々の発言の功績とは取るに足らないからだ。
 そうなると私にとっての価値より、私たちの価値が重要だということになる。判断もまた私のものよりも私たちのものが優先されることになる。そして私たちは皆、私に限って考えれば、私は常に「私たち」の価値と判断と「私」の価値と判断とが極端に乖離してはいないかと私自身に対してチェックしている。それを考慮に入れれば、私であるということとは私以外の全ての者との相関でしか考えることが出来ない。
 しかし今私は「私たちは皆、私に限って考えれば、私は常に私たちの価値と判断と私の価値と判断とが極端に乖離してはいないかと私自身に対してチェックしている。それを考慮に入れれば、私であるということとは私以外の全ての者との相関でしか考えることが出来ない」と言ったが、これは私の経験を通した私以外の成員への私の側からの勝手な解釈にしか過ぎない。本当は違うかも知れない。
 しかし様々なテクストや人の話によって私は今私が述べたような仕方で、私を通した私たちという像を構築している。そしてその時私の意見、あなたの意見、彼の意見、彼女の意見という風にそこに、少なくとも論争をしていた時のことに限ってそれぞれに同一性を持たせてその相関を解釈する。しかしその同一性は次に皆が一同に会した時にはまた微妙に変化している。すると、私たち一人一人の記憶を巡る変化の軌跡が示されることになり、再びそこに履歴、来歴的な同一性が個々に付与される。
 価値とはそういった変化の履歴、来歴、あるいはそのことの固有性に対して付与され、その価値を価値とするのは、価値であるとする判断だ。そしてその判断もまた先ほど述べたように価値という基準に縋っている。これらは常に全てが全てに対して相補的である。
 価値が同一性と深い関係にありそうだとだけはこれで理解出来た。しかしその同一性とは端的に他者間相互の相手に対する記憶とは相互にチェックし合う記憶の相同性である。「あの時俺はこう言った筈だ」と誰かが言ったとしてもその場に居合わせた他の全員が「違う、君はあの時そう言ったのではない、こう言ったのだ」と認め合えば、それ以上その者は自己の記憶の正当性をそこで主張することが困難になる。だからこそ逆にある者を陥れることも出来る。
 価値と同一性に対する判断もまた、何らかの形で価値と同一性に依拠している。そして価値と同一性に対する判断が意味を産出するとも言える。「あいつの意見はころころ変わる」とか「あいつは何事にも一直線過ぎてついていくのがやっとだ」とかいう意見が出される。それは彼とか彼女に対する期待値に関する判断に依拠している。それが彼や彼女の同一性に対する合意だ。そしてそのように彼や彼女に対して下された判定が、一般化されると意味となる。そしてその意味が反復されたり、全く別の場所や状況でも確認されたりすると、その時それは真理化する。それが彼の性格だ、と。
 勿論それはある方向から見た他者像というものに対する偏執的な固着に過ぎないとも言えるし、そういう偏向した見方である可能性は常に否定し得ない。だがそうとも言えない場合もある、と私はそう言った時、私は私以外の大勢の人から同じような体験談を聞かされたと言って他者を説得する。その時私は私の意見を真理として固定化させるために大勢ということを利用して、私の意見を権威的なものとして正当化する。
 しかしよく考えれば全ての発言、全ての論述、全ての言説は、この権威正当化(以下権威化と言う)の過程だと言えまいか?私は何かについて述べること自体がそのことを通してそれを過去化させ、今ではないという形でその何かを意味化することを既に述べた。そうしながら私たちが過去の何かに対する解釈やその何かに対する存在理由=意味に対し現在の私たちの側が権威化しようとしているのだ。全ての判断、全ての価値ありとされたものにも権威化の過程が潜んでいる。
 つまり意味化ということが既に過去に対する現在優位性の誇示であり、現在からの過去の何かに対する解釈の自由の確保であり、それは未来へ向けて思考することが出来る「現在の我々」の権威の誇示なのだ。しかし「転校生とブラックジャック」で永井氏が示しているように、実は忘れられた過去にこそ真実があるかも知れない。
 哲学外的に考えられるからこそ、哲学的に生きようと私は決心出来ると言った。このことは哲学外的でいられることの自由を私が放棄しない限り常に可能だ。しかし哲学的に生きることを常に決意するとしたら、それは結局私が常に哲学的には生きていないということであり、私の生活での非実現に対する願望にしか過ぎなくなる。しかしもしそうなら私は哲学外的に生きることも出来ない。哲学外的に生きるとは哲学的に生きた者にしか可能ではない。
 常に非科学的に思考するのが好きだったが「そうだ。俺ももう妄想するだけの毎日に飽きがきた。明日からは少し科学的なものの見方をして生活しよう」と心に決めた者がいたとしよう。しかしそういう決意を心に抱くことが出来るのは、彼が恐らく明日もまた今日と同じように生活することが出来ると固く信じているからだ。勿論明日になる前にその者は事故に遭うか殺害され死ぬかも知れない。
 しかし重要なことは、そう決意することを通して、私たちは常に過去の自分と決別して、未来で実現する自分の方を優先させることだ。そして現在というものの優位を誇示するために、絶えず過去をそのための道具として利用しているということだ。つまり記憶とはそのためにあるのだと考えることも出来る。勿論その時々の過去はその時だけに固有の意味がある筈だった。しかし過ぎてしまえば、全ての過去はその時々の現在のための道具としてだけ利用される運命にある。私たちはそのようには未来に対して接することは出来ない。未来とは未だ起きていない、どうなるか定かでないものの総称だからだ。にもかかわらず、私たちは未来にどうなっているかということを想像して、あるいはその想像を現実のものとしようと目的を立て、決意する。それは未来に対しても私たちが現在を権威化している証拠だ。未来までも現在の手下にする腹積もりなのである。
 だから当然未来において私が今したいと思ったことの全てをなすことは出来ないが、ある程度過去における決意の通りになることもある。その二つの間の食い違い、つまり決意内容と決意したことの内で実現出来なかったことの間の違いこそが、新たな意味を創造する。それに何か固有の価値があるとつい私たちは判断してしまう。それは「過去において私が出来なかったこと」としてどういうわけは固有の輝きを放つもののようだ。これは何も意図的に過去の思いを美化してそうなるのでなく、自然にそう思えるのだ。勿論そこには別の予定外に獲得し得たことも横たわっている。
 実は生きていくこと、生活することというのは絶えずこの二つが共存しているということだ。価値は一方で実現し得たことの味方であるにもかかわらず、他方では常に実現し得なかったことの味方となり、それが理想となる。前者は恐らくそれが集団であれば文化とか、伝統とか呼ばれ、個人であれば性格とか資質とか呼ばれる。
 
 私たちは考えていることの全てを実現することは出来ないにもかかわらず、例えば今私が書いているこの文章は何らかの意味でここ数日考えてきたことをベースに書かれている。つまり考えの全てを実現不可能であるにもかかわらず、記述も発話も全て考えに従っているということだ。つまり発話も記述も考えたことの一部が具現化されたものだ。
 しかしその内には取りこぼしたものも多いので、ならばいっそ考えたことを全て実現しようともし決意するなら、他者に向けて一切発言せず、想定した他者に対して記述するという行為さえ一切差し控えた方が効果的である。だが我々は全ての人に自分の考えを伝えることも出来ないので仕方なく記述する。それに心の中で思いついた願望には行為にするには倫理的にはネガティヴなものも含まれていてその実行を我々は危険だと知り差し控えている。だからこそ私たちは発話とか記述も立派な行為だと認可している。ここら辺の考えはプラトンからヘーゲルらに至るまで普遍的視点である。
 考えたことのほんの一部だけが実現され、そうなることで社会は安定を保つ。つまり価値というものは考えたことのほんの一部だけがなり得る可能性を秘めていると我々は判断する。それは他者に何かを発言する場合でも言える。そこには多分に選択が介在する。しかもその選択は極めて文化的にも伝統的にも、あるいは性格的にも資質的にもなされる。ただ単純にあの時こう言ったから今度はこう言おうという判断だけからではない。にもかかわらず一旦出された発言や記述は全て公的な意味合いにおいて、真理命題論的に解釈される素材になる。つまりカントがどのような人間であってあることを記述したということよりも、カントによってたまたま書かれたある記述自体が意味するものの方を私たちは優先する。意味とはある個人によって出された意見であっても、その個人の資質や性格とかその者固有の事情とかとは別個にそれ自体で独立して存在し得る。それは実在論的には存在と呼べないような存在の仕方でである。ここで少しこのことを考えてみよう。
 つまり「言及」や「考え」自体は必ずしも存在というレヴェルでは事物ではない。つまりそれらは我々によって事実とされるだけだ。「言及されたこと」や「考えられたこと」とは、認識論的に存在したのだ。しかしそれらの記録は存在する。従ってこうなる。
 意味自体は存在ではない。意味とは存在するものに対してなされる認識である。ハイデッガーは「存在と時間」において存在することすら哲学的存在者である私たちによってのみ得られると考えている。動物たちにとって事物は存在するのではない。ただそこに見え、聞こえるだけだ。それらは全て彼らにとって現象しているだけでだが我々のように現象であるという認識すらもない。
 しかし私たちはただ存在しているものだけを頼りに生活しているのではない。農業をするのにも、ある穀物とかある果実が食用として適していると考えそれを生産している。つまり存在するものと存在し得るものとを意味づけ、その意味づけに従って農業とか漁業とか、全ての産業を成立させている。つまり存在するものを通して存在し得るものも存在させることで、存在に意味を付与している。
 となると、私たちは存在するもの以上に、存在し得るものや存在自体への意味づけを優先していることになる。勿論存在しているものがあるからこそ存在し得るものに対する意識は形成される。しかし私たちは存在するものに対して存在し得るものという対比でそれを見ることが可能だからこそ、存在という概念に到達してもいるのだ。つまり存在するものを、今ここには不在のものとの対比で考えることが出来る。これは不在に対する表象能力と同時に、不在と存在とを重ね合わす能力だ。
 尤もごく単純なこととしては動物にもそれは出来る。しかし彼らはそれを認識化し、認識全体を構造化することが出来ない。つまりある植物を食用にするという発想は動物にも可能である。しかしその行為を行為自体として拡張して、農業行為まで出来ない。
 勿論ハキリアリは新鮮な葉をちぎり、それを倒れた樹木の裂け目の湿った箇所に植え込み、それが発酵するのを待って、キノコ類が発生したらそれを食す。しかしそれは丁度ビーバーがダムを作り、そこで漁猟をするのと同じで予め行動全体が遺伝子に組み込まれている。自らの行動は既に決定されている。その中でも多少の工夫はあっても、全体的に例えば私たちが農業生産需給率を上げるとか、生産を抑制するということを直観で理解しているだけであり、そのシステム全体を明示することが出来ない。明示化するということから、人間だけがアート(そこから派生した図で示した概念)を理解することが出来る。(脳科学が最前線で証明されたい)
 今ここにある地図に示されたこの箇所があのここから見える山だという認識を人間ならたやすく得ることが出来るし、イーゼルの前に置かれた画用紙に絵として描かれたポットが今目の前に置かれたポットであると同定することが出来る。それが存在する事物をシステム論的に全体として理解することだ。動物には恐らく左とか右という明示的な認識もないだろう。(右にあるものと左にあるものを区別出来ても)
 つまり私たちは存在に対するシステム論的全体像の理解をすることが容易だ。この存在認識は本来そういう仕方の理解を既に含んでいる。しかも私たちは価値に対するシステム論的全体像の理解ということさえする。空間を前にして何かを見るように倫理とか価値について考えることが出来る。どれそれの考え方は別のあれこれの考え方とどういう関係にある、という風に、空間的に解釈することも可能だ。
 永井均氏が利己主義に対して利今主義、独我論に対して独今論、唯物論に対して唯今論という風に論を展開しているのも全てこの応用だと言える。つまりそれら異なったカテゴリー間の関係に内在するアナロジーを見出し永井氏は適用しているのだ。
 例えば小浜逸郎氏が「言葉はなぜ通じないのか」(PHP新書刊)で次のように述べている。

(前略)
 私の考えでは、逆説的に聞こえるかもしれませんが、言葉の無理解、齟齬は、言語それ自体による齟齬ではないのです。言い換えると、言葉の無理解、齟齬といった事態がはらんでいる問題のいちばん根っこにあるのは、表現された言葉の論理的なつじつま合わなさとか、表現が難解であるとか、支離滅裂なことを言っているとかいうことではないのです。
 もちろんそういう場合も多々あります。しかしこれらは、言語のもっているロゴス的な側面そのものをきちんと整えることによって、原理的には解きほぐすことができる問題です。これまで確認してきたように、言語はたんなるロゴスではありません。それは発生の母胎を、私たちの情緒的な同調に置いています。(中略)言葉の無理解は、話し手の心身を聞き手の心身がなぞりなおすところにはじめて訪れてきます。
 そしてまた、言葉というものは、世界を論理的に明らかにするとか、世界の構造をそのまま映し出すなどのためにあるのではなく、私たち自身の関係のそのつどの組み替えのためにあるのです。いわゆる真理の解明のための言葉もまた、その目的を、人間自身の関係の組み替えというところに置いています。
 ですから、ある発せられた言葉の価値は、命題の真偽というようなところにその究極的な根拠をもつのではなく、発話の状況のなかで適切か不適切かというところに根拠をもつのです。つまり関係をどう変えたかが、言葉の価値を決める尺度なのです。
 論理的に偽であるような命題や、パラドキシカルな命題、同語反復的な命題を、冗談やお笑いのセリフ、皮肉、暗喩などで使えば、意味や価値をもつことがあるのです。
 また、何度も同じことを強調するというようなことも、それを発する感情的な根拠というところに要点を置けば、発話者当人にとって価値をもつけれど、聞いている人間にとってはマイナスの価値しかもたないということになります。ケンカなどを延々と続けると、双方が同じことばかり言っていて決着がつかないということがよくありますね。でも、それは感情の表出として、当人たちにとっては意味があるのです。(194~196ページより)

 つまり私たちは論理命題真理というものがあるからこそ、論理的ではないつまり小浜氏が指摘されているような意味での情緒とか感情的な同調というようなことが考えの内に存在し得るのだ。考え方の順序として、まず存在しているのは、小浜氏の指摘されているような発話者相互の現実なのである。しかしそれを小浜氏の謂いのように分析し得るのは、小浜氏が批判している分析哲学的な方法である命題真理的真偽という認識なのだ。つまり小浜氏の指摘は、その指摘を支えている批判対象に依存している。それは端的に空間同定的なシステム論的全体像、例えばあるりんごが机の上に置かれてあるその背景にはカーテンが垂れ下がってりんごの一部を覆っている(まるでセザンヌの絵画のようなシチュエーションだ)ような状況的認知こそがはそのシステム的全体の印象から受ける意味を実存として我々に喚起するように、感情とか意思疎通を人間社会で考える時に、ある発言の背景にはその発言をした者の心理にこれこれこういうことがあってその心理は彼のどれそれの経験に起因してというような一枚の絵画や一つの空間でのインスタレーション的な関係や情景を捉えたものの全体性をどこかでヒントにしたような絵図が頭に浮かぶ。(だからこそ感情は、その認識の枠組みにおいて発見した事実に対して例えば憤りを感じたりするのだ。「あいつの一言はやはり侮辱だったのだ」という風に。)概念図や概略図をテクストで示しながら自説を展開する学者たちの意図とは、読者に印象づけるためである。ここら辺のことは寧ろ脳科学者たちの方がより巧みな解説をされるだろう。つまり記憶させやすい仕方をその都度選んでいる。これは演説においてよりそれを聴取している大衆に印象に残るような語り方とか内容を選択している政治家の手法にも通じる。つまり理解しやすい形で何かが示されれば我々はそれを意味として受け取り、記憶しようと一々意識しないでも自然と記憶に残る。そして記憶しているからこそそれに価値があるように私たちは思う。そう判断している。
 クオリアはクオリアを必要とする何らかの形式的な知覚とか、言語論理的な構造がまずあって、然る後に「それだけではないだろう」という哲学者や脳科学者たちの要請によって出現した概念である。だから逆に論理的命題とか、真理といった形式的な概念が提出されていない状態ではクオリアのような発想は出てこないままでいただろう。そもそも色彩とか質感とか、触感とか食感といったものは、言語が私たちの下に意思疎通の手段や思考の手段として存在し得ないのなら、いつまでたっても概念化することすらなかっただろう。何故ならそれらは要するに言語化されたものと言語化からどうしても抜け落ちてしまうものという区分けによってのみ提出され得る認識論的発想だからである。
 言語のない世界において私たちは果たして今のような形で私たちであり得るだろうか?あり得ないだろう。そこでは言語化され得ないままのものしか存在し得ないから、必然的に瞬間的な印象と学習的な記憶しかないから、私たちは世界を、存在を、意味を把握することなくただ生きている状態を享受するだけだろう。夢くらいなら見ることがあってもあのデカルトのように夢と現実とを二項対立的に認識することすら不可能のまま時だけが過ぎ去っていくだろう。私たちは幸い時だけが空しく過ぎ去っていくということを言語的に認識しつつ、その「時の流れの空しさ」自体を実感し得る。それは私たちがそのような感慨自体を言語で把握しつつ、その把握した意味から世界を、時間自体を見ようとするからである。
 そのような見方自体は、恐らく時間とか時間の中を生きることを価値論的に優位に考える我々の習慣があるからだ。何故そのような価値的優位性が存在し得るかとは私たちが皆やがて死んでいくことを知っているからだ。人生において全ての瞬間が充実していると感じる者には真の充実ということは訪れないかも知れない。寧ろ常に空虚な思いで満たされている者だけがある時何かに覚醒することの充実に神からの恩寵だと感謝する。
 私たちの記憶は絶えず意味的に変容している。記憶された内容に関してではない。その内容そのものの現在から見た在り方、つまり記憶内容そのものに我々が意味を付与するその付与の仕方自体がその都度変わり得るからだ。それはあるエピソード記憶に対する想起の仕方にも相違をその都度来たすし、そのエピソードが人生に存在したということの存在理由の位置づけに対してもその都度変化していくことを意味する。
 例えば美しさとは常に美しいものには訪れない。だからクオリアという概念が形式化された知覚全体に対する認識によって逆に尊いものであると脳科学者たちが考えているような意味で、詩人が美しいものを感じるという場合にその美しさを際立たせる幾多の凡庸的な現実が必要となる。そのような対比的な認識は科学者、論理学者、哲学者、アーティスト、詩人全ての仕事に言える。いや全てのビジネスマン、私も含めた全ての生活困窮者たち、全ての政治家にも該当するだろう。
 美しさという認識は、醜さによって引き立つというよりは、美しくもなく、醜くもないということによって引き立つ。何故なら醜いことは極めて美しいことと隣接しており、似ているからだ。真に美しいものほどそれが翳る時には醜く感じられる。例えば日常的にあまり親しくない、いや敵対するような相手から得られる共感や親切ほど染み入るものはないように。
 しかしそれは親しい者の存在を別に軽くしたり、意味的な充実から逸脱させたりはしない。真に充実していることは、全てが共存しているが、拮抗していたり、対立していたりということが仮にあっても、相互の存在を無効化するということでは恐らくない。存在の否定は途轍もないエネルギーが必要とする。相手を抹殺することを意味するからだ。しかし存在を否定された者は肯定された者よりもより必死になる。従って存在の否定とは概して功を奏さない。だから逆に存在の肯定よりも存在の否定の方が相手から絡めとられている。つまり相手の存在をより強固に認可している逆説的状況を生む。しかしその時私たちが相手の存在を否定も肯定もしないで、共存を持続し得るなら、私たちはその時最も相手からも、こちらからも相互に大きな存在理由を、しかも暗黙の内に認めることになる。これは相手に対する配慮であると同時に尊重や敬意であると同時に敬遠でも不干渉でもある。こういう状況を全ての他者との間で構築し得る者を不幸と呼ぶのなら、いかにこの不幸が充実した緊張であると言えないだろうか?
 幸福の定義とはそう簡単ではない。生涯を逃亡に費やした犯罪者たちが真に不幸だとする見解も無効だ。それはニーチェ的な意味で同情が許されないからだけでなく、レヴィナス的な意味でも私たちは死刑囚や戦争の犠牲者たちにさえその人生が不幸だったなどとは不用意には発言してはいけないのだ。それは死が崇高だからではない。生がそう簡単に幸福という名で定義され得ないからだ。権力を十二分に行使し得た者と同様に戦争で一番に射殺された兵士、処刑された者の人生はそれはそれで充実していた筈だ。ここら辺はサルトル的な見解かも知れない。サルトルは確かに自由意志絶対論者としてハイデッガーより死や無意識といったものをより殺伐と捉えた。彼にとってハイデッガーのように死は崇高ではなく即物的であり、絶対即自的に死を扱う。
 しかしサルトルは価値や枠組みというものを例えばギルバート・ライルによって思考の枠組みを取り違えた者がルールを本当の意味ではよく理解していること(それは大学という定義を巡って「心の概念」に示されている。)とは全く違った形で示した。それは、価値とは汲み取るものではなく、勝ち取るものだということである。それは彼の場合自由の獲得と同じなのだ。
 ライルは、クリプキがルールが与えられているものではなく、寧ろ創造するものであるという認識から逆に既存のルールに従うこと自体に内在する無自覚的な自己欺瞞に対する批判として「ウィトゲンシュタインのパラドックス」において示したような意味で、既に命名ということに類する了解における常識が、常に問われないままでいる非哲学性に疑問を抱いていた。それはオースティンが命名することに内在する意味化作用、存在理由としての位置づけ、あるいは行為する決意を明示することに内在する言語的な命題真理外的なことを主張したこと(「言語と行為」)とも大いに関連がある。
 物事に対するアレゴリーやメタファーやアイロニーといったものは全て価値に対するシステム論的全体像の理解が誘引する。何かを主張することは、その何かに対して思いがあるからとは限らない。勿論最も非哲学的に主張することが効果的な例は先に述べたように幾らでもある。事実今目の前で溺れている子供がいたのなら、「私は果たしてこの子供助けるべきなのだろうか?」というような哲学的問いはない方がいい。またある哲学者がある言説を記述している場合、そのままに解釈していった方が哲学者の意を汲むことになる場合もあるし、そうでない場合もある。ライルとかクリプキは私から見れば文の読解だけでは哲学の本質的理解は出来ない。
 しかしカントはそうではない。そのまま論理を受け取る必要があるのでもない。つまり今言ったどちらにも該当しない。私はカントを神に対してさえ命令しているのではないかと述べた。そうだ。既に賢明なる読者たちはお気づきであろうが、カントは既にクリプキの述べたルールの自己創出性に対する主張をしていたのだ。しかしカントは言い過ぎない形でのクリプキ的な省略主義ではない。アレゴリーも彼の場合は豊かではない。アイロニーにしてはどぎつ過ぎる。それは神への命令という願望であり(無神論の萌芽とも言える)、その願望を自らの哲学を理解する者に対してのみ共有させようとする意志である。故にそれは理解する者にとって重要なテクストとしてではなく、共感し得る者にとってのみ重要なテクストだということをカントの場合示している。それは私的言語という形で「哲学探求」において示したウィトゲンシュタインのテクストが持っていた性質と似通ってもいる。
 しかし日本人は基本的に仮に正しいことを言っていてもその意味内容において同意するよりは、もっと話者の対話中の物腰とか付随的なこと、つまり言及内容を信頼あるものとして演出する能力の方から評価するところがある。まさにこのことが「言葉はなぜ通じないのか」で小浜逸郎氏が指摘しているところなのだ。
 これはある意味では欧米人たちが究極的には理想としているところを、既に能力として保持してしまっているということに他ならない。しかしこれは安心していいことではない。カントに見られる極度に不器用な比喩の貧しさやウィトゲンシュタインの執拗な言語行為とそれに付随する心理に対する拘りが日本人には欠けている。クリプキに見られる極度の懐疑主義的な天邪鬼、それらは、それらを通過した者にしか見えない真理として、解脱的な真理にまで到達することを真に望む試みとして私には理解出来るからだ。
 私には既に殆ど夢というものなどないし、野心もない。ただ楽しく生きたいと願うだけだ。それは争いを好まないということではなく、寧ろ本当の正義を信じることが出来ないということの方に近い。京都に住む者は殆ど真剣には巣晴らしい文化遺産を見ないだろう。そうするのは一部の人を除けば殆ど年配者である。つまり死に対してそろそろ準備する年頃になったのだと私は今回京都旅行をして感じた。
 私より少し若く三木清は死んだが、彼もまた死に対してある種の親近感を抱くようになったと晩年のテクストで述べている。少し死に対して準備するには早いかも知れないが、少なくとも青年期に固有の野心とか正義とは無縁の地点に自分が立っていることを感じざるを得ない。この章を閉じるに当たって、価値とは何かということの結論を敢えて出さずおこうと思う。何故なら価値とは規定し得るものではないからだ。それは個々が誰にも相談することなしに、見出すものだ。つまり価値と判断が全ての人にとってどのようであろうとそれに対してとやかく言う筋合いはないからこそ、それを誰しもが求める。しかしいざそれを見いだそうとしながらいつまでたっても見出せないと誰しもいらいらし、焦りを感じ始める。しかしよく考えると、焦って誰かに相談して何になろう。深夜高速バスに乗って旅をする若者も、彼らの「夜行の時間」が誰しもいつかは死ぬことを知っているからこそ、「このバスに乗っている間は私たちは隣人だ」という意識を持てるのだ。これはキリスト教倫理に限らない。何故なら我々日本人でも聖書に書かれた説諭に心惹かれることからも、仏教とかキリスト教とか、イスラム教とかいう宗教伝統や文化はそんなに深刻な問題ではない。ドーキンスが「神は妄想である」で述べていることは、宗教感情そのものを教義=法秩序としている宗教権力に徹底的に糾弾しているのであり、彼は宗教感情の発露それ自体を否定しているのではない。何故なら宗教教義自体に対して懐疑的になる彼の考えそのものが既に一つの宗教感情に他ならないからだ。価値はそこら中に転がっているが、それに気づかないことの方が多い。気づかないという判断に私たちは既に価値を見いだしかけている。